志摩子の紅茶

 

 

今日の薔薇の館は閑散としている。

二条乃梨子は、薔薇様方に見せる為に、各団体から提出された書類を分類していた。
今薔薇の館には乃梨子しかいない。
乃梨子のお姉様である現白薔薇様、藤堂志摩子は現在修学旅行中のため不在である。
そして当然のことながら、白薔薇様と同学年の、紅薔薇のつぼみ−福沢祐巳と黄薔
薇のつぼみ−島津由乃もリリアン学園にはおらず、レギュラーメンバーは、
黄薔薇−支倉令と紅薔薇−小笠原祥子、そして乃梨子しかいない。
2人の薔薇様はあちこちに顔を出しているので、こうして出払っていることが多い。
必然的に乃梨子はこうして一人でもできる仕事を黙々とこなすよりないのである。

仕事は確実に進む、というよりいつもより順調だ。一人は気楽だし、こういった単
純作業は成果が目に見えて分かりやすいのでやりがいもある。けれども・・・

 

つまんないなぁ、と思ってしまう。


祐巳様や由乃様とそれほど親しくしている訳ではないが、

祐巳様の天然ボケを聞きたいなぁ、とか

由乃様の内弁慶っぷりを見てないなぁ、とか

考えてしまうのだ。

自分には縁が無いと思っていた薔薇の館の生活に、いつのまにやら乃梨子はなじ
んでしまったらしい。そして、

志摩子さん。

志摩子さんって久しく呼んでいない気がしてくる。志摩子さんの出発前に電話で
はなしたのに。外向きには「白薔薇様」か「お姉様」と呼んでいるせいかもしれ
ない。でも、私たちの関係はもとの「志摩子さん」と「乃梨子」のまま、という
か芯がそこにある気がする。リリアンの中で乃梨子を「乃梨子」と呼ぶのは志摩
子さんだけだ。「乃梨子ちゃん」でも「乃梨子さん」でもない「乃梨子」。志摩
子さんが呼んでくれるその名前がとても心地いい。きっとこの呼び方はずっと志
摩子さんのものだって乃梨子は信じている。

 

書類の山がひと段落した。乃梨子は紅茶でも飲もうと準備を始めた。コーヒーで
も良かったのだが、志摩子さんはよく紅茶を淹れてくれるので、今日は紅茶に決
まりである。

志摩子さんは紅茶を淹れるのがすごく上手い。まろやかなのに、適度な渋みがあ
って、後味はすっきり。ひいきとかじゃなくて、本当に美味しい紅茶なのだ。

志摩子さんの動作を思い出しながら、慎重にやってみる。もし志摩子さんの味が
再現できたら、今度はごちそうしてあげたい。ちょっと驚いた志摩子さんが見ら
れるかもしれないと思うとなんだか楽しい。

3年生がいないので、ソーサーは省略、カップのみ。とりあえず何にもいれない
で味を確かめてみることにする。

紅い液体が口を伝って、喉に落ちていく。身体がほんの少しだけ温かくなる。

 

似ていないことも無い。いや結構似ていると思う。完成度としては7割くらい。
でもやっぱり違う、志摩子さん風乃梨子味ってかんじだ。

うーん、失敗か、と乃梨子は思った。志摩子さんが帰ってきたら、もっとよく観
察しよう、うん。

扉を開く音がした。

「祥子、いる?」

令様だ。

「いえ、まだ祥子様は戻っていらっしゃいません。」

「そう、まだなんだ。ありがとう、乃梨子ちゃん。」

さわやかに笑ってみせる、さすがミスターリリアン。

「走り回ってくたくた、喉渇いちゃった。」

「今、紅茶をお淹れします。」

「いいよ、乃梨子ちゃん。これもらうね、誰か接待相手の飲みかけでしょ?

乃梨子の返事を待つ事なく、令は乃梨子の飲みかけをゴクリと飲んでしまった。

 

さーっと血の気が引く、由乃様に知れたらなんと言われるか・・・・。

 

「れ、令様!それ私の飲みかけなんです。」

と乃梨子が言うのと同時に

「あれ?これ志摩子の味?」

と令が言った。

「んー、いやちょっと違うか。え?これ乃梨子ちゃんだったの?ごめん。」

令は謝罪も言葉を発したが、乃梨子の耳には届いていなかった。

「あ、あの令様、それ志摩子さんの、いえお姉様の味でしたか?」

「ん?そうね、近い味ではあったかな。」

やっぱりだめか。それにしてもさすがにお菓子作りの達人と言おうか、志摩子
さんの味が分かるんだなと乃梨子は感心してしまった。

「志摩子は紅茶淹れるのが上手いから、すぐわかる。」

「そうですよね。」

誇らしい気持ちが湧くのと同時に、少し寂しい気持ちが乃梨子を襲った。

「・・・よし、飲んじゃったお詫びに、私が乃梨子ちゃんに紅茶淹れるね。」

令は突然そんなことを言い出すと、新しいカップをだして、お湯を沸かそうとし
ている。

「令様、そんな黄薔薇様にそんなことさせられません。私がやりますから。」

慌てて乃梨子が止めに入るも、令は全く意に介する様子が無い。

「いいの、いいの。それにね、こんなこともう二度とないかもよ?任せて。」

令はくるっと乃梨子を回れ右させる。仕方なく乃梨子はいすに座って待つ事にした。

祥子様が戻ってきたらどうしよう・・・。乃梨子は居心地悪く、令の紅茶を待った。

 

「はい、お待たせ。」

令がほわほわと湯気の立ったカップを乃梨子の前に差し出した。

「いただきます。」

「はい、どうぞ。」

こくり、と乃梨子は紅茶を口に含んだ。

 

「あっ・・・・。」

思わず驚きの声が漏れた。だってこれは・・・

「志摩子さんの味だ。」

令の方を見遣ると、令も丁度紅茶を飲んでいるところだった。

「ん、うまく再現できたかな。」

満足げな表情を浮かべている令。

「すごいですね、令様。」

「そんなことないよ、回数をこなせば、淹れ方の違いでどう味が変わるか分か
ってくるしね。」

こともなげに令はそんなことを言った。

「教えてあげようか?」

「はい、是非。」

乃梨子には珍しい、無邪気な笑みがそこにはあった。

「令、いるの?」

祥子が少し疲れた表情で中に入って来る

「お疲れ様、祥子。」

「あぁ、良かった、いてくれて。ちょっと確認したいことがあるのよ。」

「何?」

いすを立とうとした令は、乃梨子に向かって

「っと、ごめんね、乃梨子ちゃん。あとでね。」

「はい、かまいません。私も残りの書類を片付けてしまいますから。」

「頑張って。」

乃梨子も席を立ち、書類の入った箱を取りにいく。

 

「まぁ、何かしていたの?令。」

「気にしなくていいよ。で何なの?祥子。」

 

 

令様と祥子様の会話が背に聞こえる。

友達だっていなくてもよかったのに、まして先輩なんて・・・。

志摩子さんの紅茶が、令様の一面を垣間見せてくれた。

こうして人とのつながりは増えて、強くなる。

 

志摩子さんの、マリア様の導きのように。





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