それは秘密‐由乃side−

 

 

島津由乃はため息をつくと、手に持っていた箱に蓋をした。そしてぐしゃっと箱をつぶして、ゴミ箱に放り投げた。

 

どうして上手くいかないんだろう・・・。

 

ゴミ箱を後にすると、由乃は当て所なく歩き始めた。

 

いま、薔薇の館では新聞部を交えた会議が行われている。これはバレンタインに開催されるイベントの為の会議で、そのイベントに参加する予定の由乃は薔薇の館に立ち入ることが出来ない。

このイベントの主役のひとりである、支倉令は由乃の「お姉さま」であり、従姉妹だ。一緒に帰ることも多いのだが、最近放課後は別行動が多い。

 

よかったんだか、悪かったんだか、だよね。

 

由乃はここ数日、チョコレート作りの練習をしている。今までと同じように済ませるわけにはいかない事情がてんこもりで、由乃なりに必死の努力をしている。

     ・・しかし全くうまくいかない。

 

ただでさえチョコレート作り、いやお菓子作り全般において由乃には大きな壁が立ちふさがっている。令ちゃんのお菓子はとにかく美味しい。年々その腕前は上がっているような気がする。

由乃にとってそれはあまりに強いプレッシャーだった。

 

自分で作ってみて、令ちゃんのすごさが身に沁みてよく分かった。嫌気がさすほどに。

 

ぐるぐると歩き回っている内に、少し開けたところにでる。

古い温室だった。

こんなものがあったのか、と由乃は興味をひかれて中に入ってみることにした。

 

外観と比較して、中はきちんと手入れされている。由乃はその温室の中を少し見ていくことにした。

ゆっくりと歩く。

ちょうど、温室の真ん中に来ると、すっと強い光が差し込んで来た。

日が傾こうとしている。

日が目に沁みる。

 

そんなに照らさないでよ・・・情けない気分なんだから・・・。

 

由乃は太陽に悪態をつく。その時

「わっ。」

と後ろから声がして、ぎゅっと抱きつかれた。

「きゃっ。」

思わず声が出た。

振り向くとそこには

「何だ、祐巳さんじゃない。脅かさないでよ。」

「えへへ、つい、ね。」

祐巳さんはちょっとはにかんだように笑っている。

「何してたの?」

まぁ当然の質問だろう。しかし由乃は、それに答えるのが嫌だった。何だかひとつ話したら全てを話してしまうんじゃないかと思ったからだ。

「チョコレートがちょっとね・・・。」

由乃は祐巳が令ちゃんにチョコレート作りを教わっているのを知っていた。由乃もそうできればどんなによかったか。

「チョコレートってバレンタインの?」

のほほんとした祐巳の反応に由乃はついかっとなってしまった。

「バレンタイン!何であんなものがあるのよ!別にそんなの作らなくたって好きなら好きって言えばいいじゃない、何で何でわざわざ・・・・っ!」

こんなこと祐巳に言ったって仕方が無い。言われた方はいい迷惑だ。ほら祐巳さんだって呆然としている。だけど・・・・

「あーっいらいらする。何でこんな目にあわなきゃいけないのーっ。」

言えば言うほど、嫌になる。いらいらするのは他ならぬ由乃自身。

「ど、どうしたの?由乃さん。何かあったの?」

こんな由乃に祐巳は気遣わしげに声をかけてくる。

「どーしたもこーしたもチョコがうまくいかないのっ!令ちゃんってなんかおっかしいんじゃないの?あんなの、あんなのっ。」

違う、こんなこと思ってない。

でもうまく言えなくて、でも受け止めてもらえるんじゃないかって都合のいいこと考えて。

「確かに令様はお菓子作り上手だけど、でも皆が皆あんま風にはできないよ、それが当たり前だよ。」

祐巳はそう言って由乃を慰めてくれる。

「何で・・・」

じわっとこみ上げてくる。やだ、どうして?泣けないよ。だめ。こんな子供みたいだ。勝手にわめいて、勝手に・・・

下を向いて祐巳に見られないようにしたつもりだった。

けれど、やっぱり不自然だったのだろう、祐巳は少しかがんで由乃の顔を覗き込んだ。

目を見開く祐巳。気づかれてしまったらしい。

「何で・・・私にはできないの?令ちゃんにお返しちゃんとしたのあげたいのに。」

これ以上は喋れなかった。

祐巳がまた少しおどろいた顔をしている。

祐巳は由乃の身体を押して、座らせた。

目の前にピンク色の可愛らしいハンカチが差し出される。

でも。

「泣いて、ないもん。」

泣く訳にはいかない、こんなの、だめだ。

祐巳は困った顔をして

「私がいるから?」

と聞いた。

首をふる。そんなことない、というより先に由乃の手は祐巳の制服を掴んでいた。

いかないで・・・・・・

 

少しの沈黙の後

「由乃さん、私今から歌うから。」

と祐巳は言った。

意味がよく分からなくて由乃は次の言葉を待つ。

そして祐巳は背中が触れ合う角度で隣に座った。祐巳の顔は由乃には見えない。

「だからね、私の側で誰かがちょっとくらい泣いたって誰にもわかんないよ。」

そういうこと・・・・・・

由乃は驚いた。そして祐巳のそのやさしさに背を預ける。

さっき差し出されたハンカチが由乃の膝にのせられた。

そして祐巳が歌い始める。

 

日はもうすっかり傾いて、オレンジ色に変わっていた。

由乃を射すのではなく、つつむような優しい光。

 

 

だから、泣いたか?なんて由乃しか知らない秘密。

 

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