じぇらしー

 

 

 

大失敗。

祐巳は頭の中をその3文字でいっぱいにしながら、早足で歩いている。

こんな時でも走れないリリアンの廊下が恨めしい。

あと20分。

とにかく急がなければ。

うっかりしていた。ちゃんとかばんの中に入れたはずだったのに。

あんなに大きい物を忘れるなんて・・・。

 

 

「由乃さん!」

「祐巳さん。」

祐巳は廊下で、由乃さんを捕まえることに成功した。

これで目的は達成されるだろう。

しかし祐巳は、由乃がジャージ姿であることに気づいた。

「あの・・・、由乃さん、次体育なの?」

「そうよ。準備の当番でね、早めに移動しなくちゃいけないの。」

だめだ・・・由乃さんには頼めない。

「どうかしたの?祐巳さん。ずいぶん急いでいたようだけど。何か用があるんじゃないの?」

「な、何でもない。由乃さんだ、って思って、つい声をかけちゃったの。」

不満げな表情をする由乃さん。

「ほんと〜?」

「ほんとだよ〜信じてよ〜。」

表情を変えない由乃さんに祐巳は

「疑わないでよ〜ね?ね?」

由乃さんは諦めた顔になった。

「まぁ、いいわ。じゃ、私そろそろ行くね。」

「うん、頑張ってね〜。」

ひらひらと由乃の後ろ姿に手を振った。

 

由乃が曲がったところで、祐巳は踵を返してすたすた急ぎ足で歩き始める。

自分のせいで、授業の準備に遅らせる訳にはいかない。

祐巳は第一候補の由乃さんを断念したのだった。

とはいえ、第二候補がいないので、祐巳はうろうろと廊下をさまよっていた。

こんなことしてる場合じゃないのに・・・。

 

どんっ

 

祐巳は周りを見回す内に、前方がお留守になっていた。

人にぶつかるのも無理はない。

「すみません。少しよそ見してしまっていて・・・」

「そうみたいね、祐巳ちゃんはちょっと落ち着きがないとこがあるわ。」

名指しでそんなことを言われるとは思わなくて、相手を見ると、

「!、黄薔薇さま。」

「ごきげんよう、祐巳ちゃん。誰かお探し?」

マイペースの黄薔薇さまは、何事もなかったかのように、祐巳にあいさつをしてきた。

「ご、そきげんよう、黄薔薇さま。いえ、誰、という訳ではないのですけれど・・・。」

「あら、人じゃないの?じゃあ何?」

「え、えーと…」

「祐巳ちゃん…?」

にっこり笑って黄薔薇さまは圧力をかけてくる

「な!何でもないです。ちょっと散歩で…」

3年生のお姉様方にはとても言えない。

疑惑の瞳に好奇の色をちらつかせた黄薔薇さまがじーっとこちらを見ている。

黄薔薇さまはすっと祐巳の襟元に手を伸ばして来た。

つ、捕まる…!

祐巳は思わず身を思い切り引いてしまった。

「違うわよ」

抵抗空しく、ひょいと祐巳は黄薔薇さまに捕まえられてしまった。

「ふぇ」

「だから違うってば」

黄薔薇さまはもう一度祐巳の襟元に手をだす。

そして

祐巳のタイに手を伸ばすときゅっと結び直した。

「わわっ」

リリアン一美しいと言われているタイが祐巳の胸元に現れた。

「あ、ありがとうございます。」

「何を急いでいるのかわからないけれど、タイが曲がっていたわよ。」

いつも通りのどこかつまらなさそうな黄薔薇さまに戻っている。

「私もそろそろ戻らなくちゃ。」

何事もなかったかのように黄薔薇さまは去っていく。

ほっと胸をなでおろす祐巳だったが

「祐巳ちゃん?今度詳しく聞かせてね?」

去り際にふっと笑みを浮かべて黄薔薇さまは言い放った。

言い知れぬ不安を覚える祐巳だったが、今はとにかくあれを何とか借りて来なければ…と再び歩き始める。

 

きょろきょろと顔見知りを探しながら階段を降りていく。

そこでぐらっと突然足元が揺らいだ。

落ちる!と思ったが祐巳の体は誰かの腕に支えられていた。

「だいじょうぶ?、祐巳ちゃん。」

きちんと立って振り向く。

「令様!」

「よそ見してると危ないよ。」

極上の王子様笑顔で令様は祐巳に注意する。

「すみません、どうしても必要な物があって…つい気をつけます。助けていただいてありがとうございました。」

「何が必要なの?」

「あ!」

令様の足元には祐巳の探していたものがあった。

「あ、これ?今、視聴覚室に取りに行ってたの。忘れちゃって。祐巳ちゃんを助ける時に落としちゃったみたい。」

頼むしか無い…!

「これ、貸していただけませんか?」

「構わないけど、もしかしてこれが必要なの?」

「はい。」

令様はそれを拾い上げて、祐巳に渡してくれた。

「忘れちゃったの?気をつけなよ。」

「はい、いろいろとありがとうございました。」

祐巳は何度も令様に頭をさげると、喜び勇んで教室へ戻って行く。

 

もうすぐ教室だ…。

祐巳はほっとした気分で歩いている。

「祐巳」

後ろから呼び止められた。この声は…

「お姉さま!」

「ごきげんよう、珍しいところで会ったわね。」

「ごきげんよう。はい、お姉さまに会えるなんて…うれしいです。」

祐巳は、自分の顔に笑顔が浮かんでくるのがわかった。

ふと、祐巳はお姉さまがじっと自分を見ていることに気付いた。

「お姉さま…?」

そこで予鈴がなった。

「あぁ戻らなくてはね、じゃあ祐巳、また会いましょう。」

祐巳は不思議なきもちで、お姉さまを見送った。

 

 

 

 

あれは…令の英語の辞書。祥子は祐巳の持っていた辞書に確かに見覚えがあった

そして、あれは…黄薔薇さまのタイ。間違えるはずのない美しい形。

 

実は祥子はふらふらと歩く祐巳を不審に思い、様子を見に来たのだ。

 

なぜ私ではないのかしら…

祥子は小さな嫉妬のかけらを抱いた。

 

しかし

「お姉さまに会えるなんて…うれしい」と言った祐巳の笑顔を思い出す。

 

 

 

祥子は小さなそのかけらを、黙って忘れることにした。

 

 

 

 

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