それはたからもの

 

 

 

祐巳はスキップしながら、薔薇の館へと向かっていた。

その手にはしっかりとおべんとうの入った袋が握られているが、傍目から見れば、きっと、もう中身はぐちゃぐちゃなんじゃないかと思えるほどぶんぶん振り回している。

とんでもなく彼女は上機嫌だ。

「お姉さまとお昼ごはん♪」

歌まで歌っている。

 

最近、お姉さまとゆっくりお話しする機会さえなかった。

不満を漏らしたことはなかったけれど、お姉さまが昨日の放課後

「祐巳、明日は会議もないし、一緒にお昼を食べましょう」

と誘ってくれたのだ。

祐巳の寂しいきもちを察してくれたのだろうか?いや、単なる気まぐれでも良い。とにかくお姉さまといられれば祐巳はしあわせになれる。日ごろの寂しさなんてふっとんでしまうのだ。

 

お姉さまは来ているだろうか、急いで出てきたからきっとまだだろう。

お姉さまのお気に入りの紅茶を淹れて待っていよう。

お姉さまはおべんとうは、和風かな?それなら緑茶の方がいいかもしれない。

 

こんな風に悩むことさえしあわせだ。お姉さまとのほんの小さな約束でさえ祐巳には確かなしあわせへの道行である。

 

もう薔薇の館についてしまった。

早く来たかったような、もう少しこのどきどきを楽しんでいたいような、不思議な気分。

少し扉の前で立ち止まる。

祐巳はお姉さまが来ているか、知りたくなって弾むような足取りで階段を昇っていった。

 

 

扉を開ける。

するとそこには

窓から差し込む柔らかな日差し、白いカーテンがひらひらと舞っている。

長い睫毛が目元に影を落とす。

すっと通った鼻筋、

きりっと結ばれた口元。

伏目がちに、お姉さまは本を読んでいる。

こんななんでもない姿さえ、一枚の絵のよう。

 

この人が私のお姉さまなんだ……

祐巳は改めて自分のお姉さまは、皆が憧れる紅薔薇さまなのだと実感した。

お姉さまは随分と熱中して本を読んでいるらしく、こちらに気がつかない。

 

何を読んでいるんだろう?

 

祐巳はそっとお姉さまに近づいていく。

すると、その本には葉書が挟まれているのがわかった。

しおり代わりだろうか?

 

「ごきげんよう、お姉さま」

「きゃっ」

お姉さまには珍しく、小さく悲鳴をあげた。

そして、あわてた様子で本を閉じた。

 

「ご、ごきげんよう、祐巳。」

まだ、お姉さまは、驚いた状態から立ち直らない。

「何を読まれていたんですか?熱中されていたようですけれど」

「え、えぇと何だったかしら…?」

お姉さまが何だかそわそわしている。

「そんなに有名なものじゃないわ。お父様の書斎にあったもので…」

閉じた本をお姉さまは、なぜか後ろに隠そうとしている。

と、その時

ばさっ

と音がして、お姉さまの手から本が落ちた。

そこから、さっき祐巳が見た葉書がこぼれた。

 

「これ……」

祐巳は驚いた。

それは祐巳のよく知る、葉書。

修学旅行中に送ったあの、葉書だった。

 

「……どうして?」

祐巳は落ちた葉書を拾い、お姉さまを見た。

 

「どうして…ここに?」

お姉さまは祐巳から目をそらしたまま動かない。

 

 

「だって、祐巳がくれたから」

突然お姉さまが言葉を発する。

そしてまっすぐに祐巳を見てこう続けた。

「どこにいても、祐巳は私のこと忘れないっていう証だから」

 

祐巳は自分の顔が真っ赤になるのが分かった。

自分の顔が赤くなる音、を聞いた気がした。

 

 

そして、数秒の後、

「お茶を淹れるわ、お昼休みが終わってしまう」

お姉さまは祐巳の脇を通り過ぎた。

 

 

……待って、お姉さま。

 

いつもは言えない。

勢いだけじゃ言えない、

だって大切なことだから。

でも、今は……。

 

 

祐巳はお姉さまの背をつかまえる。

 

「だいすき、お姉さま」

 

 




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