こちら側にて

 

 

その人はいつだってわらっていて

区切られた視界の中でも特別な存在だった。

その人はある時から、少し波乱含みの生活を送り始めたけれど

それでもそのイメージだけは変わらない。

 

 

「その顔、いただき」

武嶋蔦子はクラスメートのふいをついて、表情を写し取る。

「もう、蔦子さんたら」

驚き呆れた顔をしたクラスメートはそれでも笑って許してくれた。

リリアンの生徒は素晴らしい被写体揃いだと思う。

屈託ない素直な天使たちは様々な表情を見せてくれる。

たまに変わり種もいてこれはこれで魅力的。

毎日がフルコースである。一般生徒とは別枠で追い掛けているのは薔薇の館の住

人たち。

蔦子は1年生の時から小さなチャンスを狙っては写真に納めてきた。

そう特にあの人が山百合会に入った時から

 

 

昼休み、窓からカメラをむけていた。1年生が遊んでいる。若いな、ってちがう

ちがう。

「蔦子さん、いくら1年生が可愛いからってやりすぎじゃなくて?」

「あら、祐巳さん。そんな表情も素敵ね」

祐巳さんは溜め息をついて、私を見ている。

「もう人の話聞いてないの?」

「1年生の代わりに撮らせてくれるってことかと思って」

笑ってかわす。つっと視線を下へすべらせる。

「大荷物ね、祐巳さん」

「職員室で頼まれちゃって、薔薇の館までもっていくところ」

パンフレットのようなものがビニールひもでまとめてある。

「半分持ちましょうか?」

「そんな、重いよ?」

祐巳さんは小さな手を赤くしているのに、遠慮する。

「重そうだから持ちましょ
うか?って言ってるんじゃない」

「あ、そか」

それでも渡そうとしない祐巳さんの手から私は強引に荷物をとった。

「あ」

「早く行きましょう、祥子様がお待ちなのではなくて?」

「そうだった」

祥子様という言葉に強く反応する祐巳さんは慌てて先へと歩き出す。

「ねぇ、蔦子さん」

「なに?」

振り向くこと無く祐巳さんは私に尋ねる。

「相変わらず妹を作る気はないの?」

「ない。写真部エースにそんな暇ないの」

即答する私。

「んーじゃあさ」

少し間をあけて

「妹っていう対象でなくても良いから、例えば特別な被写体なんていうのはいな

いの?」

 

そんなの…

 

「いたよ」

「え?」

 

薔薇の館の入口。

あなたの立つ中

わたしの立つ外

 

 

わたしはファインダーのこちら側

 

望んだものは傍観故に

 

 

「誰?どんな人?」

 

 

めくらましのフラッシュ

 

「あ」

「ここまでのお駄賃ね」

「もう、蔦子さん!」

 

 

あなたの声を道標にラインを引き直す。

後悔なんてしていない。

きもちはいつだって背のむこうで、私が触れることなんてできやしないけれど。

 

 

たったひとつの、

私の写し出せる世界で

 

あなたはいつでもわらっていて



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