白い光、いつか満ち足りて

 

 

 

「では、この件に関しては…」

蝉の声をBGMに蓉子がいつものはきはきとした優等生口調で、会議の司会をしている。

夏休みだというのに私、佐藤聖は学校に来ている。

朝、寝ぼけて母から受話器を受け取ったら、電話の主は蓉子で、

ついていない。

大人受けの良い蓉子は私の母の信頼も抜群で

「いつも娘と仲良くしていただいて…」

などと言われているのが丸聞こえ。

別に仲良く「していただいている」わけじゃない。

確かにどうしてこんな私に構ってくれているのか、よくわからないけれど。

物好きの世話好き、としか言いようがない。

蓉子にはテレパシーでもあるのか今日、私がさぼろうとしていたことを見抜いて、電話をしてきた。

蓉子から見たら、私は立ち止まっているように見えるんだろう。

朝起きると、夏には珍しく雨が降っていた。

そっとしておいてほしい、かまわないでほしい。

夏の雨は思い出のスイッチ。

強引に、見たくもないものを、どこかでかたくなに焦がれているものを、

見せる。

 

……栞。

 

たった一年前のことなのに、

とても昔のことのように思える。

 

髪をかき上げる。

もうあの時の髪なんてないはずなのに、

見えないその髪の先が

……こんなにも、

 

いとおしい、なんて。

 

いい加減女々しい。

いいじゃないか、女々しくたって。

女なんだから。

 

 

「痛っ」

ロザリオが髪にからんだ。

お姉さまが叱っているのだろうか。

もう栞さんはいないのよ、と。

ちがう、お姉さまはそんなことは言わない。

ただきっと、今を、周りを見てと言っているんだろう。

 

 

「聖、絡んじゃったの?」

「蓉子…」

「会議は?」

何故さっきまで司会をしていた彼女が私の隣に座っているのか。

蓉子は私の絡んだ髪を、するすると器用にほどいていく。

「やっぱりあなた聞いてなかったわね」

「聞いていたわよ、蓉子の美声をね」

「…まぁいいわ、今日来てくれたのだし」

まだ、雨は降っている。

「雨止まないわね」

「今日はずっと雨だって、天気予報で言ってたわ」

「そう」

私は蓉子に髪をほどいてもらいながら、窓の外をながめている。

 

「とれた」

「ありがとう、蓉子」

「じゃ、私帰るわ」

蓉子は鞄を手に持って、席を立とうとしている。

「じゃ、私も」

「あら、聖。あなたはだめよ」

「どうして?」

何故とめられるのかわからない。もう会議は終わったのではないのか。

「志摩子がおつかいにいっているの」

「は?」

志摩子がおつかいにいっていることと、私が帰れないことに何の関係があるのか。

「あなたの確認すべき事項を、志摩子に行ってもらったのよ。締め切りは今日」

「……」

「あなたの仕事なんだから、報告くらいは聞きなさい」

「…どうもご親切に、紅薔薇さま」

私は蓉子をきつく睨んだ。

「お礼には及びませんわ、白薔薇さま」

にっこり笑って蓉子は応えた。

「っ……ごきげんよう」

「ごきげんよう」

軽やかな足取りで蓉子は祥子と一緒に、薔薇の館を出て行った。

雨は、やまない。

しとしと降り続ける。

机につっぷして、ぼーっと志摩子の帰りを待った。

 

 

 

「白薔薇さま、白薔薇さま」

優しい声に起こされる。

差し込むのは光。

光?

晴れた?

「あ、志摩子。ご苦労さん、ごめん」

「いえ、白薔薇さま。あ、確認して参りました。特に問題はありません」

「そう、ありがとう」

礼を言うと、志摩子はにっこりと微笑んだ。

 

真っ白な光の中に立つ少女。

密室、白い天使…

 

 

けれど、雨はもう降っていない。

そしてここは「仲間」のいるところ。

 

「帰ろうか、志摩子」

「ご一緒してよろしいんですか?」

志摩子が驚いた顔をする、私の…きまぐれ、に。

「志摩子が嫌でなければ、晴れたしゆっくり帰ろう」

「はい、せっかくの良いお天気ですものね」

 

夏のおこした気まぐれ。

雨がやんだ私は、もう、魔法が解けてしまっていて

もう一度髪をかきあげても、

何にもひっかるものなんてなかった。

 

「白薔薇さま、参りましょう」

「そうね」

 

解いてくれたのは蓉子と……

 



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