免罪符じゃなく(前編)

 

 

 

「へ?」

祐巳はまた白薔薇さまに指摘されてしまいそうな声をあげた。

「だから、今日は12月1日よ」

桂さんはしごく真面目な顔をしている。

どうしてだろう?今日は12月2日ではないのか?

おかしい…

…だまされてる?私

「だって昨日…お姉さまと一緒に帰って…」

「?祐巳さん、それのろけているの?とにかく今日は12月1日よ」

桂さんが嘘をついているようにはとても見えない。

でも…そんなはず…

だって昨日の放課後、お姉さまは私のところへ迎えに来てくれて

そんなの初めてで…

嬉しくて…

忘れる訳が無い

祐巳は昨日、つまり12月1日の放課後お姉さまと一緒に帰ったのだから間違いない。

お姉さまは祐巳の手を引いてくれて、

しあわせだった。

うまく言葉にならないくらいに。

 

あれが嘘だなんて

そんなことある訳が無い。

なのに、どうしてこんなことになっているんだろう。今日は何故12月2日じゃないんだろう。

 

そんなことを考えている内に1時間目の授業が始まってしまった。

本当に12月1日の授業だったけれど、幸運にも12月2日の教科書で対応できた。

それにしても、

本当に変だ。

先生が昨日と寸分違わぬことを話す。

みんながどっと笑うところで祐巳は笑えなかった。

 

覚えているから。

 

祐巳も昨日はここで笑っちゃったという記憶がちゃんと残っている。

 

確かに12月1日なのに、

祐巳には12月1日の記憶がある。

 

祐巳の頭は大混乱を起こしていた。

 

 

 

祐巳は混乱したまま、お昼を迎えた。

そしてこんなことを信じてくれるのはお姉さましかいないと確信した。

 

そう考えるといても立ってもいられず、はや歩きでお姉さまのクラスを目指す。

祐巳はお姉さまに会うために廊下を歩いている。

お昼休みは人が多い大きな階段を避けるために、隅の階段を利用することにした。

その階段の手前で声をかけられた。

珍しい。

ここを利用しようとした祐巳自身が言うのも何だが、人がいないのが当たり前みたいなところなのだ。

周りには特別教室しかない。

 

「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみの妹」

まだその呼び方になれない祐巳は自分のことだと気付くことができなかった。

肩を叩かれて

「紅薔薇のつぼみの妹?」

と言われて初めて足をとめた。

「ご、ごきげんよう、えっと何か御用でしょうか?」

祐巳は慌てた。お姉さまに

怒られてしまう。いくら頭が混乱していたとはいえ、あいさつされたのを無視し

てしまうなんて。

相手の生徒はおそらくは上級生。2年生か、3年生かまではわからない。セミロ

ングの髪に普通の体格、すこし目元がきつく見えるのが、目についた。もしかし

たらお姉さまのお友達だろうか。

「いえ、そういう訳ではないのだけど…」

「もしかしてお姉さまのお友達ですか?」

するとふっとさみしげに目を伏せた。

「そうだったら素敵ね」

お姉さまのことをきっとこの人はすきなんだろう、と祐巳はわかった。おなじだから。正確にはおなじじゃないけれど、きもちは似ていると思う。

「同じですね」

「え?」

「私もお姉さまのことすきですから」

祐巳が笑ってそう言うと、相手の生徒はちょっと妙な顔をした。何とも言えない表情だけど、予期せぬ反応に祐巳はたじろいだ。

 

「祥子さんを尋ねていらしたの?」

何事もなかったように相手の生徒は祐巳に聞く。

はい、と答えると

「祥子さんは教室にはいないわ、確かあちらの階段を使ってどこかに行かれたのだと思うの」

「そうなんですか…ありがとうございます」

祐巳は時計を見る、思ったより時間が経っていてもう探してはいられなかった。

「私教室に戻るわ」

「あ、はい。ご親切にありがとうございました」

あの人は一体何をしていたんだろう?祐巳は不思議に思いながら、その人を見送った。

 

放課後にお姉さまに相談しようと祐巳は教室に戻った。

昨日と同じ事が起きるはずなのだから、お姉さまは迎えに来てくれる。またお姉さまが迎えに来てくれると思うと、困った状況なのに不謹慎にも嬉しくなってしまう祐巳だった。

 

 

 

そして数分後

「祐巳さん!大変よ」

クラスメイトが飛び込んで来た。

「どうしたの?」

「祥子さまが階段から落ちたって!!」

「……!」

 

何を言われたのかわからない。

同じことが起きるはずなのに…

 

 

呆然とする祐巳を無視して、5時間目開始のチャイムが大きく鳴り響いていた。

 

 

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