免罪符じゃなく(中編)
 
 
 
放課後、お姉さまが休んでいるという保健室へと祐巳は急いだ。
5、6時間目もお姉さまのことばかり考えていた。
どうしてお姉さまが?
こんなことあるはずがないのに
 
「失礼します」
保健室へ入ると祐巳は、お姉さまを目で探した。
「あなた、小笠原さんの妹ね」
先生が声をかけてくれる。「はい」
「小笠原さんならそっちのベットで休んでいるわ。寝ているみたいだから気をつ
けて」
祐巳は静かにカーテンを開けた。そこにはお姉さまがいたが眠ってはいなかった
。思ったよりも具合は悪くなさそうで少しおちついた。
「ごきげんよう、お姉さま。具合はいかがですか?」「ごきげんよう、大丈夫よ
。足をねんざしたけれど、あとはおちたショックで気を失っていただけ。さっき
お姉さまが来てくださって休みなさいっていうのだけどそんなに寝てばかりいら
れないわ」
花のようにお姉さまは笑った。
祐巳はそんなお姉さまを見て、強く安堵した。
込み上げてくるものを押さえられなくて、涙がこぼれてしまった。
「ゆ、祐巳?どうしたの?」
「お姉さまが……
しゃくりあげてしまい、上手く喋ることができない。
「私がどうかしたの?私は平気よ」
お姉さまは気遣わしげに祐巳に触れる。
「お姉さまが無事で良かった
「ごめんなさい、心配をかけてしまって」
祐巳はかぶりをふった。
「お姉さまは何も悪くありません」
お姉さまは手で、祐巳を椅子に座るようにうながした。
祐巳が椅子に座ると、次々と流れてくる涙をお姉さまは手でぬぐってくれた。
「私には祐巳がいるんだから。祐巳をおいてどうにかなったりしないわよ」
「本当ですか?」
祐巳はお姉さまの目を見つめた
森の中の深い泉のようにどこまでも澄んだ黒い瞳だった。
「本当よ」
不思議にその言葉が信じられた。
「祐巳、あのね祐巳にだけは打ち明けようと思うのだけど
「なんでしょうか?」
お姉さまの表情がふいに曇る。
「実は
お姉さまは声をひそめた。そして祐巳に耳打ちした。「つきおとされたんじゃな
いかと思うの」
まだ残っていた涙がひっこんだ。
思わず大きな声をだしそうになったけれど、必死に我慢した。
「どうして?」
「おされたとは思うの、背中を。でもね、はっきり見た訳じゃない。それにひと
りしかいないのよ、思い当たるのは」
お姉さまは困惑を隠せず、珍しく言っていることが混沌としている。
「こんなこと簡単には聞けないでしょう?証拠もないしそれに
言葉を切ってしまわれたけど、その先にとても大切なことがある気がした。だっ
て今まで言ったような理由なら、お姉さまは相手を問い詰めるだろうと祐巳は思
ったのだ。
「それに?」
恐いのよ。
  正体の分からない悪意っていうのかしら。
 さっきまで笑顔で話していたはずの人なのに
お姉さまは押し黙ってしまった。
恐い
つきおとされたのだ、当たり前だ。
証明なんかできなくったって、祐巳はお姉さまを信じる。
だって祐巳はお姉さまの妹なのだから。
「でもお姉さまよくわかりましたね、あの込み合っている階段を利用されたので
しょう?」
きょとんとした顔をお姉さまがしている。 
「何を言ってるの?祐巳。私、あなたのところへ行こうと思って一番すいた階段
を使ったのよ。あまり時間もなかったし」
 
え?
祐巳はどこかひっかかるモノを感じた。
 
「あの、お姉さま。階段ってあの隅の特別教室の集中した
「そうよ、あの隅の階段よ」
何を当たり前のことをいっているのかという反応だ。認めたくない何かが祐巳の
中で激しく主張している。「小笠原さん、ご自宅から迎えの車が来ているそうよ
先生がちょうどカーテンを開けてはいって来た。
「ただのねんざなのにほんと大袈裟なんだから」
「親はこどもに対してつい大袈裟になってしまうものよ。大丈夫?立てる?」
お姉さまは私の肩につかまって、すっと立ってみせた。
「このとおりです」
「大丈夫そうね、これクラスの子が届けてくれたわ。このまま下校しなさい」
お姉さまは先生から鞄をうけとると、先生に御礼を言って部屋を出た。
祐巳は鞄を持とうとしたが、断られてしまった。
「代わりと言ってはなんだけども祐巳の手を握って歩いてもいいかしら」
お姉さまは軽く笑っていたけれど、目は真剣だった。不安なのだろう、そして何
より祐巳を安心させようとしているのだ。
「はい」
すっとお姉さまの白い手が祐巳の手をとった。
 
そしてまた歩き始める。
こんな形で
ふたりで
手を繋いで
帰ることに
なるなんて思っていなかった。
望んでいなかった。
 
祐巳のこころには悲しみの波が、おしてはかえしていた。
 
 
車の目の前まで来て、祐巳の手からお姉さまの手が離れた。
 
祐巳は聞いてしまった。
「お姉さま、何時頃、私に会いにいらっしゃったのですか?」
お姉さまはかなり正確な数値を答えた。
そしてその数字は祐巳の中の認めたくなかった何かを、形にしてしまった。
 
祐巳はお姉さまを見送る。お姉さまは笑って帰って行った。
 
 
祐巳は自宅に帰り、部屋に一人でいた。自分の考えが時間を追う毎に鮮明になっ
ていく。
つまりつきおとしたのは過失かどうかは別にして、あの祐巳に声をかけてきた上
級生である可能性が高い。
どうして?
なぜ?
お姉さまがすきだったんじゃないの?
そして
なぜ
お姉さまは違う階段へ行った
なんて
口からでまかせを言ったのだろう。
 
 
わからないことだらけだ。もう起こってしまったことは、どうしようもないのだ
から考えても無駄なのかもしれないけど
 
それに自分はずっとこのままなのだろうか?
 
 
祐巳はどうすることもできないまま眠りについた。

 

 

 

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