たこやき日和
「お姉さま…」
「ん?なーに?志摩子」
志摩子は公園にいた。秋の公園は吹き抜ける風と、色が変わり、落ちていく葉でどこか物寂しい場所である。しかし志摩子は今全く感傷的な気分になれなかった。その原因は今志摩子の目の前にいる人物である。真っ直ぐ家に帰りたい気分だったのに、お姉さまは志摩子を捕まえ、半ば強制的にここへ連れて来た。
「これは一体なんですか?」
「これはね、志摩子はお嬢様だから知らないかもしれないけど、これがかの有名な大阪が誇る名物!たこ焼きなのよ」
お姉さまは、どーんと爪楊枝に刺したたこやきを志摩子の口元へ運ぶ。
「お姉さま、私だってそれくらい知ってます。あの、お姉さまがつきあってほしいとおっしゃるから来たのですけど」
「そうよ、だからはい」
「届け出をだす暇も無い緊急の用事だと」
「緊急よ、たこやきが冷めちゃうでしょ?」
お姉さまはたこやきをさしだしたままだ。
「お姉さまの用ってこれだったのですか?」
「うん」
志摩子は当惑していた。お姉さまが真剣な顔をして誘うから、ついてきたのに。
「あー志摩子、落ちる〜」
お姉さまが騒ぎ始めた。
「え?」
「志摩子、あーん」
「あ、あーん」
熱いたこやきが口の中に入る。
「はふ」
口から熱気を逃す。
何とかかむことができた。
「おいしい?」
お姉さまが笑って、志摩子の顔を見ている。
熱くてなかなか飲み込めなかった。
「お、いしいです」
「そ、よかった」
するとお姉さまはたこやきののったお皿を志摩子に手渡す。
「あーん」
なぜかお姉さまは口をあけたまま待機している。
首を傾げる志摩子に
「もー志摩子もやってよ」
とお姉さまがすねたように言った。
「え?あ…」
持っていろという意味で渡されたのかと思っていた。お姉さまはすっかりすねてしまった様で黙ってしまった。
「お姉さま、すみません。私気がつかなくて」
「…」
「あの、口あけてください」
「…」
「お姉さま…あの…どうすればいいんですか?」
「…あーんて言ってくれなきゃ、やだ」
志摩子は躊躇する。改めてやるのは抵抗があった。
志摩子のためらいを見抜いたのか、お姉さまはそっぽをむいてしまう。
「わ!わかりました、やります」
「ほんと?」
「はい、やります」
にやりとお姉さまは笑い、
「わーい」
とこどものように喜んだ。志摩子は爪楊枝にたこやきをさす。
「あ、あーん」
目を伏せたくなるが、たこやきがあるからそうもいかない。にこにこしながらお姉さまが志摩子を見ている。
「あーん」
やっと口をあけてくれた。お姉さまの口にたこやきをいれる。
「ん、おいしいね」
あっさりと飲み込んでしまった。
それからも志摩子はお姉さまにつきあって、交互に口にたこやきを入れた。志摩子は慣れることがなく、はずかしくて仕方が無かった。お姉さまは終始御満悦で、「志摩子はかわいいねぇ」などと言っていた。
「さ、帰ろうか」
食べ終えるとお姉さまは志摩子に言った。
しかし出口に向かって歩きだす志摩子を、お姉さまは呼び止めた。
「ねぇ、志摩子。志摩子は悪くないよ、私が悪い。私はいつだって気付くのが遅くて、強引で…今日みたいに」
「お姉さま…?」
「祥子のことふってきたんでしょ?」
「知っていたんですか?」
志摩子は誰にも言わずに、いってきたのに。
「言わなきゃ伝わらないけどね、大事なら遠くからでも気付かないと」
大事…その言葉が志摩子の心に響き渡る。
「お姉さま、私お姉さまに感謝しています。今日のことも…」
「ありがと、帰ろう。暗くなっちゃう」
「はい」
公園の出口で別れる。
志摩子は夕日に照らされたお姉さまの背が、自分の明日を暗示しているように思
えた。
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