夜空の星

 

 

 

車の扉が閉められる。

「祥子さん、今度は送らせて下さいね。」

とさっきまで祥子を追いかけていた男性の声がする。祥子は窓を開けさせた。

 

「明日は学校ですので、失礼します。」

もう何も聞かない、話さない。

「お疲れ様でございました、祥子お嬢様。」

と運転手が言う。

「迎えをありがとう。少し休むわ、まっすぐ家へお願い。」

祥子がそういうと、運転手は恭しく返事をした。 背もたれに祥子は身体を沈める。

やはりああいった場は好きになれない。もう諦めていることだったが、毎回そう

思う。

実の無い、空虚な会話。

どうしてあんなつまらない会話を自分は微笑んで聞いているのだろうか。くだらない。

閉じていたまぶたを開くと、向かいの席が目に入る。

あの夏の思い出が蘇った。

ここに祐巳がいてくれたらいいのに…

笑ってしまう、ばかみたいだ。でも不快ではない。心が和んだ。

祐巳に出会って、祐巳を知る程、祐巳は自分にとって希有だと祥子は思うように

なった。

社交の場で繰り返される会話が思い出される…

「祥子様、こちらうちのシェフが作りましたの。うちのシェフはフランスで受賞

経験があるのよ。」

祐巳なら

「お姉様、これとっても美味しいんですよ」

と笑いかけてくれるだろう。

「祥子様、今日の演奏どう思われまして?やっぱり私は海外のオーケストラでないとだめ。」

祐巳なら

「お姉様、あのピアノの音色、とっても綺麗でしたね。」

と素直に話すのだろう。

技術的な話が嫌いな訳では無い。けれど、ただの自慢や頭っからの非難を人に話

すのはどうかと思う。 でも…祐巳だって

「お姉様、聞いてください。私、すごいんですよ。」

などと話すことがある。しかし少しも嫌だと思わない。

やっぱり…私の気持ちの問題なのかしら、と祥子は至って一般的なところへ行き着いた。

誰といても比べてしまう、思い出す……

私の妹。

だからこんな時何度も思ってしまう。

あの子は特別だ、と。

思い出すだけで優しい気持ちにさせてくれる。

ふと意識が緩む。

「お姉様。」

祐巳に呼ばれた気がした。少し眠っていたようだ。やはり疲れているらしい、今

日は早く休もう。

「お嬢様、到着でございます。」

良いタイミングだった。

「ありがとう。」

扉が開いた。外へ出ると、まどろんだ身体の周りの空気が、冷やされていく。

明日は学校、秋は行事が多い。山百合会は忙しい日が続くだろう。

祐巳に会いたい、と祥子は素直に思った。

秋の澄んだ空気は、心を透明にしてくれたようだ。 自分に祐巳の声がしたように、祐巳にも自分の声が聞こえたらいいと思う。

祥子はそっとつぶやく。

「おやすみなさい、祐巳。」

応えるように星が瞬いた。




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