結んだ絆、ほどかない

 

 

 

卒業式を終え、写真を撮ると、マリア像の前で薔薇さま方を見送った。いつもと変わらず美しいお姉さま方は、清々しくも柔らかな空気の中でいつもより少しだけおとなびて見えた。

二度と会えないわけではないけれど、もう制服姿は見収め。毎日少しずつ人は変化していくのに、ある日突然それに気付いて慌ててしまう。そうして思うのだ、

「あぁもっとよく見ておくんだった」

と。

 

祐巳の目は微かに潤んでいたけれど、薔薇さま方の去って行く姿はしっかりとしていてぶれることなんてなかった。いつでも前を見て、祐巳たちを率いてくれた薔薇さまたち。この地を巣立って行く姿は見惚れる程に立派だった。

 

 

薔薇さま方が見えなくなっても、祐巳たちは手をふりつづけた。この手を降ろしたら、本当にさよならだから。

 

最初に手を降ろしたのは黄薔薇姉妹のふたり。独特の距離間をもつ姉妹たちはすっと同時に手を降ろすと、その手をしっかりと繋いで家へ帰って行った。

 

次に手を戻したのは白薔薇のつぼみの志摩子さん。手を降ろした後も、白薔薇さまの歩いて行った道を見ていたけれど、しばらくするとマリア様にお祈りして校舎裏へと向かっていたように見えた。

祐巳の知らない、白薔薇さまとの思い出の場所へ行ったんだろうと思った。その背は小さく揺らめいていて、散りゆく白い薔薇の花びらのようで、まだ志摩子さんだって祐巳と同じ1年生なのだと実感する。

 

 

そしてお姉さまは最後まで手を振り、振り終えてもなお名残惜し気に指先は薔薇さま方、もっといえば紅薔薇さまを求めているように見えた。お姉さまにとってやっぱり紅薔薇さまは大きな影響を与えた特別な人だったのだ。いつも颯爽としていて、前だけ見ている祐巳のお姉さまが、紅薔薇さまの側にいるときだけは普通の2年生の様になってしまう。そこにいるのは確かに小笠原祥子というひとりの人間なのに。

 

そこにいるというだけでお姉さまを変えてしまう紅薔薇さま。お姉さまは本当に神経質な人で、祐巳はまだ「支え」と呼べる程にはなれていない。いつかなれると信じているけど、まだ時間がたりない。だから少し不安だった。お姉さまは紅薔薇さまを失ってもだいじょうぶだろうか、と。

お姉さまは、今まで以上に薔薇さまとして存在感を増していくだろう。でも、その中身を支えていくものが減ってしまうのだ。

お姉さまを信頼しているけど、不安は絶えることが無い。

 

 

「祐巳」

お姉さまが呼んだ。この場を去る踏ん切りがついたのだろうか。

「はい」

お姉さまの方に体を向ける。

お姉さまは祐巳のタイに手をかけた。念入りに整えている。祐巳に構ってくれることがうれしい。口角が自然と上がってしまう。

「祐巳、私は大丈夫よ」

お姉さまが、突然喋り出した。

最後に祐巳のタイを少し強く引くと、手を離した。そして祐巳の瞳を見つめてい

る。

祐巳はどきっとしてしまう。

いつまでも慣れてくれない自分の心臓が恥ずかしい。

 

「心の中にいつでもお姉さまがいらっしゃるの。だからお姉さまが側にいてくださらなくても、私はまっすぐに歩いて行けるわ」

自信に満ちた響きで、祐巳の心から不安の煙が晴れていく。

「それにね」

お姉さまは少し間を開けて、言葉を紡ぐ。

 

「あなたがいてくれるから」

「お姉さま…」

 

 

お姉さまとふたり、紅薔薇さまがひとりで歩いていった道の上で。

まだ、先は解らないけれど。

祐巳は想う、

この人を決してひとりにしない、と。

 

 

 

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