お約束

 

 

 

「祐巳ちゃん、練習させてくれない?」

「れ、練習?」

祐巳は珍しく令さまとふたりで薔薇の館にいた。なんだか令さまはぼーっとしたり、祐巳をじーっと見ていたり、と妙な様子だったが今の令さまの言葉は脈絡がない。

「私って世間ではミスターリリアンとか言われてるけど、実は由乃にはあまり強気に出れてないじゃない?」

「はぁ…」

あまりというか全然…という言葉を飲み込んで、祐巳はあいまいに返事をした。

「常々祐巳ちゃんと祥子が羨ましかったのよ。いつか私も由乃に姉としての威厳を見せ付けたいと思って」

「はぁ…」

ちょっとそれは難しいんじゃ…とも言えず、祐巳は曖昧な返事を繰り返した。

「でね、祥子も由乃もちょうどいないことだし。祐巳ちゃんに協力してもらおうかと」

「なぜ私に?」

「祥子の妹だから」

「祥子さまの方がよろしいのでは?」

祥子さまを見習うというなら、本人にお願いするものではないのだろうか?

「わかってないなぁ祐巳ちゃん」

「はぁすみません」

何だか今日はためいきの多い日だ…数えてないけど。

「私は妹の視点が知りたいのよ、妹から見た祥子じゃないとね」

なんとなく納得。

「わかりました。では具体的には何をしたらいいんでしょう?」

「祥子といえばやっぱりあの口調だと思うのよ」

「なるほど」

お姉さまっぽい口調…なんだろう。

「お待ちなさい、ですかね?」

「それだ」

令はすっと息を吸った。

「お、お待ちなさい、祐巳ちゃ…」

「令さま、どもってます。それにちゃんはつけちゃだめです」

お姉さまに言われる時の半分のプレッシャーもない。令さまは凛々しいけど、普段はとても穏やかな人だ。やっぱり無理があるような気がしてならない。

祐巳に指摘を受けた令は下を向いたまま考え込んでいた。

「令さま、剣道をやっている時のように振る舞えばいいんですよ」

「剣道?」

「剣道の時は相手を気合いで押そうとするから、声も張るし。何より令さまがかっこいい時だと思います」

祐巳はこれはなかなか良いアイディアだと思った。誰が見ても、剣道をしている時の令さまは厳しいかっこよさがある。

「わかった。やってみるよ、祐巳ちゃん」

にこっと令さまは笑った。やわらかくて、やさしい。充分魅力的なのに、それでも祥子さまを羨んだりするんだなぁと祐巳は不思議に思った。

目を閉じて、令さまが集中し始めた。片手には筒状に丸めた紙を握っている。竹刀の代わりということか。目をすっと開けると令さまは剣道モードになっていた。

その視線に祐巳はいすくめられた

「お待ちなさい、祐巳」

ぴんと張った糸のような緊張感のある声。いつもと違った響きに祐巳はなんだか戸惑っていた。

 

わわわっ…どきどきしてきたよぅ…なんで?なんで?

 

思わずあとずさりしてしまう。

「祐巳、どうしたの?なぜ逃げるの?」

「あ、あの…何だかどきどきして…」

物音がした。どこかにぶつけてしまったのだろうか?いやもう少し遠くから…

「祐巳…」

すっと竹刀、いや筒状になった紙を持っている方の手をあげた。

 

…な、何で臨戦体制なの?

 

「祐巳、逃げないで」

すたすたと間合いを令さまがつめてくる。ちょっとアドバイスをしただけなのに

この豹変は予想外だった。

「ち、近いです〜令さま〜」

令さまの麗しいお顔が目の前に来ている。そして手はあげられたまま。

「令さま、手が手が、お、降ろしてください〜」

「気にしなくていいわ、別にこれで痛くしたりしないから」

「ふぇ、令さま〜恐いです〜」

 

 

ばあんとビスケット扉が開いた。

「令!何してるの!」

「令ちゃん!祐巳さんと何してるのよ!」

びっくりして我に返った令さまは、気まずそうに祐巳から離れた。

「何なのよ!そのバツの悪そうな顔は!!」

「いや、あの…」

さっきまでの強引さはいずこへ、すっかり押されっぱなしである。

「じゃあ何してたのよ!はっきり言ってみてよ!」

キーっと怒り狂う由乃さんは誰にも止められない。そりゃああれだけ至近距離で

「祐巳」

なんて言っていたのだから仕方ない。

「あの…由乃さん…」

何とかフォローを試みるも

「祐巳さんは黙ってて!」

「…はい」

「令ちゃん!何とか言いなさいよ」

ずずいっと令さまに、にじり寄る由乃さんの背中は怒りに満ちていた。

「ごめん、由乃ぉ」

言える訳がない。由乃さんに姉の威厳を見せる練習だなんて。

「何がごめんなの?令ちゃんなんかもう知らない!」

ふんっと館を出ていく由乃さんにすがりつくように、令さまもついていった。館に静けさが戻って来て、お姉さまは怒るタイミングを失ったようだった。

「祐巳、だいじょうぶ?」

「はい…」

そして次の瞬間お姉さまに抱き締められた。

「令が私より祐巳に近づいたなんて悔しいわ」

 

 

祐巳はお姉さまの腕の中で、ひたすら令に謝り続けたのだった。

 

 

 

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