ふたりだけの時間

 

 

 

困った…

 

松平瞳子は自分の肩ですやすやと眠る人物を、横目に見ながら溜息をついた。

 

何でこうなってしまったのかと言えば、ひとえに自分が誘いに乗ってしまったせいなんだけど…

実は困っているようで、困ってなかったりして、なんだかもういっそ自分も寝てしまおうかなんて考えたりして

あぁ、自分は何を言ってるんだろう。

 

かくん

 

さらに自分に体重を預けられる。顔が嫌でも見えてしまう。

できるだけ見ないようにしているのに…

人の気も知らないで…

 

平和そのものの寝顔。

福沢祐巳

かの小笠原祥子さまの妹で、紅薔薇のつぼみ。

こんなところで

こんな顔して

寝ているなんて

誰も思わないだろう。

 

 

えいっ

と人差し指で顔をつっついて見る。

 

「起きない…か」

 

よっぽど疲れているんだろう。

日々のハードな山百合会の仕事をいつもいつも精一杯やっているのを、近くで見ている瞳子はいちばん知っているつもりだ。

断ればよかったのかもしれない。この温室で祐巳に呼び止められたとき…

 

 

 

「瞳子ちゃん、瞳子ちゃん」

「あら、祐巳さま」

祐巳が温室の中から顔だけちょこんと出して、手招きをしてきた。

「何ですか?」

「いいからいいから」

用件も言わずとにかく来いという。仕方がないので瞳子は温室の中に入った。

「綺麗なのっ。勿体ないから誰かに見せたくて見せたくて」

祐巳は瞳子の手を引いて、歩く。

「ゆ、祐巳さま、私逃げませんから、手を」

離して下さいという前に

「ほんとにね、きれいなんだよ〜瞳子ちゃんが来てくれてよかった〜」

 

トウコチャンガキテクレテヨカッタ

 

瞳子は言葉の続きを忘れた。

 

手を離して座ると、ぽんぽんと自分の横を叩いて見せる。

そこに座れという意味だろう。

ちょっと躊躇っていると祐巳がしょんぼりとした顔になる。

「私の隣に座るのいや?」

あまりに悲しそうな声に、瞳子は慌てた。

「い、いえ。そのようなことは…」

すとんと祐巳の隣に瞳子はおさまった。

にっこりと祐巳は笑って、指をさした。

 

「あれ、綺麗でしょ?」

「…かわいらしい花ですわね」

物影になっているところに小さな花が咲いていた。

「こういうの自分だけが見つけたってかんじで嬉しくならない?」

「自分だけじゃなくなってますけど」

瞳子は自分を指差した。

「あ、ほんとだ」

今気付きましたという顔をしている。

やっぱりちょっとずれている。

「じゃあ私と瞳子ちゃんだけの秘密ね」

「…!」

 

ほんとに…この人は…

わかってやっているんだろうか?

けれど…わかってないから質が悪い。

 

何と言っていいのかわからなくて、少し黙っていると、すっとやわらかな重さが瞳子の身体にかけられた。

「ゆ、祐巳さま、なんで……ね、寝てる」

突然寄り掛かって来たから何かと思えば、すやすやと眠り始めてしまったのだ。

 

 

 

そしてそのまま起こすに起こせないまま今も祐巳は眠り続けている。

 

いつ起こそう?

山百合会の仕事だってあるのに…

そう、起こしたら、

また仕事が待っている。

だからもう少しだけ…

 

…頭の中でこれを繰り返している。

 

 

 

「祐巳さま、いらっしゃいますか?」

静かな時間をつきやぶったのは、瞳子の友人二条乃梨子の声だった。

 

来てしまったか…

その寝顔を見つめる。

瞳子は祐巳を揺すった。

 

「ふぁ瞳子ちゃん?ごめん」

緩慢な動きで瞳子の身体から祐巳は離れた。

「いえ、乃梨子さんが呼んでます」

 

「祐巳さま、ここにいらっしゃったんですね。あ、瞳子もいた」

乃梨子が温室の中に入って来た。

瞳子はまるでおまけのような言い方である。

「私はおまけみたいな扱いですのね、乃梨子さんたら」

乃梨子はそんな瞳子の抗議を無視している。

「祐巳さま、祥子さまがお呼びです」

「わ!ほんと?ありがとう乃梨子ちゃん。瞳子ちゃんもありがとね」

祐巳は大急ぎで温室を出て行った。

瞳子は乃梨子とふたり、残されてしまった。

「ずいぶん仲良さげだったね」

「え?」

乃梨子は突然話を切り出して来た。

「まさか見てたんですの?!」

「見えちゃったんだもん」

全く悪びれることなく乃梨子は答えた。

「あ!あれは祐巳さまが寝てしまったから」

「だから仲良いねって、寝てしまうくらい気を許してるってことでしょ?よかったねぇ」

からかうような口調に瞳子は言い返すのも忘れた。

「乃梨子さん!!」

「あははは」

 

笑いながら乃梨子は山百合会の方へ戻っていく。

瞳子も追い掛けようとしたが、その前に一度振り返った。

 

ふたりだけの秘密。

小さなかわいらしい花は、瞳子にとって忘れられないものになるだろう

 

そして瞳子だけが見つけた、

いつまでも見ていたかった、

あの人の…寝顔。

 

 

 

瞳子も山百合会へ向かう。

「ごめんね〜邪魔しちゃって」

「何のことだかわかりませんわよ、乃梨子さん!」



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