your eyes only

 

 

 

私の妹、小笠原祥子の妹はいわば祥子とは正反対のタイプだった。

朗らかでとっつきやすく、祥子はどこへ行っても他を圧倒してしまうけれど、祐

巳ちゃんはまるで水のようになじんでしまう。

彼女が祥子の妹になってくれてよかった。心から蓉子はそう思っていた。

祐巳ちゃんという子は本当に祥子のことがだいすきみたいで、いつでもどこでも

その子犬のような目で祥子を追っている。

祥子の言動に一喜一憂する祐巳の姿は、心配症の蓉子にとって目を離すことので

きないものだった。

できることならば、ずっと祥子のそばにいてあげてほしいから、もしもの時は私

が助けてあげたいと思っていた。

けれど、思ったよりも2人の仲は順調で姉妹になりたてのぎこちなさはあるけれ

ど、それは周りから見れば初々しくほほえましいものだった。

しかしいつも完璧なはずの蓉子の中で、ひとつの誤算がうまれていた。

それはある日江利子に指摘されたものだった。

「ねぇ、蓉子」

あとから考えると江利子はすごいことを言った訳だが、この時の切り出し方は世

間話と同レベルだった。

「あなた最近祐巳ちゃんばかり見ているわね」

「……え?」

あまりに突飛な話に蓉子の反応は1テンポ遅れた。

「最初は祥子のことが心配で2人を見ているのかと思っていたんだけど、違うの

ね。あなたは祐巳ちゃんを見ている」

「祥子は少し勝手が過ぎるところがあるから、祐巳ちゃんみたいな子がうまくや

っていけるか心配で見ていたのよ」

その時、蓉子は本気でそう言い返していた。しかし江利子は首を横に振った。

「あなた、私の目をごまかせると思っていて?無自覚だったのね。蓉子は自分の

ことに関しては鈍感だわ。人のことばかりじゃなく、少しは自分のことも考えな

さい」

江利子は言いたいことは言ったという顔で、蓉子を置いて去って行った。

しかし全くこの時はピンとこなくて、江利子も見当外れなことをいうことがある

のねと思っただけだった。

しかしそれが江利子の手によって、実証されることになる。

「祐巳ちゃんクイーズ!」

「は?」

珍しく江利子がノリノリで、薔薇の館の一同は驚いた。江利子は何を思ったのか

、祐巳ちゃんのツインテールのリボンを手で隠している。

「正解者には祐巳ちゃんからキスの栄誉が授与されまーす」

「えぇ!?」

山百合会のメンバーはどよめいた。

聖は歓喜の表情を浮かべている。

祥子は一瞬喜んだものの、聖の顔を見て、緊張を走らせた。

由乃ちゃんはニヤリと笑ったけれど、祥子を見て表情を戻した。

令はそんな由乃ちゃんの顔を見て、複雑な面持ちだ。

志摩子はおろおろしているが、まんざらでもないようで顔は笑っている。

江利子はそんな皆の反応に満足げに頬を緩めた。

「じゃ問題を発表します」

「ちょっとお待ち下さい、黄薔薇さま」

「何よ、祥子。今更私の妹に手を出さないでくださいとか言わないでよね」

祐巳ちゃんは展開についていけず、言葉を失っていたが、江利子の発言に祥子に

助けを求める視線を送っている。

「いえ、そのような不粋なことは申しませんわ」

祐巳ちゃんは気の毒なほど肩を落とした。祥子…しっかりしてよ…

「祥子、本気なの?」

勝負事になると熱くなりがちな妹を牽制してみる。

「本気ですわ、任せてください、お姉さま」

いや、そうじゃなくて、

「黄薔薇さま、もし正解者が出なかった場合どうなるのでしょう?」

「決まってるじゃない、私がその権利を得るのよ」

にやりと笑って江利子は言った。

「これは一種の賭よ。それにあなた祐巳ちゃんの姉のくせに答えられないのかし

ら?」

反論を封じるために、祥子のプライドを刺激する。

「江利子、ちょっと待って」

「さっきからやけに口をお出しになるのね、紅薔薇さま。不服ならご自分が正解

なさったらよろしいのよ、権利の放棄は御自由に」

どうあってもやめる気はないらしい。江利子の気まぐれには誰も従うしかないの

だ。

「紅薔薇姉妹も納得してくださったようですし、始めましょう。さて問題です、

祐巳ちゃんの今日のリボンの色は?」

全員がいつになく真剣な表情になる。これくらいいつも仕事を真面目にやってく

れないものかしら、と蓉子は呆れて様子を見ている

しかし拍子抜けする程簡単だ。放っておいても祥子が正解するだろう。

 

 

しかしその蓉子の期待は完全に裏切られる。

他のメンバーはいざ知らず、祥子まで悔しそうにくちびるを噛むばかりで答える

様子が無い。

任せてくださいって言ったじゃないの…

蓉子は腹立たしさを覚えた。

「あら?誰もわからないの?じゃ私の勝ちかしら」

江利子は楽しげに悩む面々を見回した。

ふと気付くと祐巳ちゃんは私を哀しげに潤ませた目で見ている。

「紅薔薇さま、助けて」

 

 

そのひとことが蓉子を動かした。

「解るわよ、私」

ギリギリまで妹にゆずろうと思っていたけれど、がまんできない。妹には申し訳

ないが私にもきもちがあるのだ、

彼女を想うきもちが。

 

「あら紅薔薇さま。全く関心ありませんってかんじだったのに、意外だわ。正解

をどうぞ」

何が「意外」なのか?すべて江利子の思惑なのだ。今回は悔しいけれど、乗るし

かない。気付いてしまったから。

 

「紅よ」

いたずらが成功した子供の様に江利子は笑うと、すっと祐巳ちゃんのツインテー

ルから手を離した。

 

全員の目が祐巳ちゃんに集まる。

 

はずれる訳が無い、だって私はずっと彼女を見て来たのだから。

 

山百合会の全員からためいきが漏れる。

残念そうなものから安堵をかんじさせるものまで、多種多様だ。

 

「紅薔薇さま、お見事!正解ね」

この場の仕掛け人は正解者の私より、ずっと勝者の顔をしている。

 

「あーあ、つまんない。蓉子が正解者なんてさ」

「まぁ…お姉さまなら仕方ありませんわね」

狙っていた筆頭のふたりが渋々仕事へ戻っていくのを皮切りに、このクイズはお

開きとなった。

 

ほっと胸をなでおろしていると、江利子がやってきた。

「今度いちこ牛乳おごりなさいよ」

「…はいはい」

江利子は久々に楽しめたらしく、机に戻ると快調に作業を始めた。

 

そして自分も仕事を始めようとした時、とんとんと背中を叩かれた。

誰かと思えば、祐巳ちゃんである。

「あの、紅薔薇さま。ちょっと…」

祐巳ちゃんが手招きするので、ついていくと会議室の外に出てしまった。

「祐巳ちゃん、どうしたの?」

祐巳ちゃんの顔をのぞきこんだその時だった。

蓉子の頬に、祐巳のくちびるがかすかにふれた。

 

「あの、私のきもちです」

 

真っ赤な顔でそう告げた後、会議室へと走り去る祐巳。

 

らしくなく呆然と立ち尽くす蓉子はしばらく会議室へ戻れなかった。

 

 

 

 

ねぇ、君の瞳は誰を追っていたの?

 

 

 

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