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志摩子は出しかけた手を戻した。

目の前には大切なお姉さまと大切な…友達。

志摩子と祐巳が並んで歩いていたら、お姉さまがやってきて祐巳に背後から抱き

着いた。

いつものこと、

いつものことなんだけど。

決して思い切りの良くない自分がした決意が全くの無になってしまって…志摩子

は肩を落とした。

志摩子のお姉さまの腕の中で必死にもがく彼女。

福沢祐巳。

目下、藤堂志摩子の片思いの相手である。

最初からこんな風に思っていた訳ではない。最初は無邪気でかわいらしい友達だ

った。どんな人とも等しく距離をとっていた志摩子は友達のできにくいタイプで

ある。それは仕方のないことだと納得していたし、ひとりを望む自分がいたのも

事実だった。けれどそんな自分に構わず、いつのまにか志摩子の心の中に居場所

を作ってしまったのが祐巳だった。お姉さまも確実に志摩子の中に大きなテリト

リーをもっていたけれど、それがあるから志摩子はたとえお姉さまが見えなくて

も安心することができた。

けれど祐巳は違った。

心にその存在を感じるようになってから、片時も目を離せなくなっていた。気に

なって仕方が無くて、自分が乱されてしまう。

最初はそれが不思議で、対応がぎこちなくなってしまったことがあった。

そんな時祐巳に

「私、志摩子さんに避けられてないかな?」

と哀しげに聞かれた。

志摩子はとてつもなく哀しくなった。

それがきっかけだった。

私は祐巳さんがすき…

そう実感した。

 

 

しかしやっと実感したところで、それは新たな困惑の始まりだった。目の前はラ

イバルだらけだったのだ。ふりむいてほしいと本気で考えていた訳ではなかった、

このまま優しいきもちをやりとりできたら良いという志摩子のきもちは即座に

切り替わった。

 

私は祐巳さんがほしい。

 

手を上げるために志摩子はいちばんに自分の気持ちを伝えようと決意した。

祐巳さんは驚くけど、きっと無下にしたりはしないだろう。この点、志摩子は祐

巳のことを信じていた。志摩子のことをどう思っているかはわからない。けれど

彼女は自分に好意を持っている人を邪険にしたりしないと確信していた。もちろ

ん断られるのは哀しいけれど、何にもしないままなのは嫌だった。

そう決めてから機会を窺っているのだけど、2人になれたと思ったら、こんなか

んじに他の人物の介入にあってしまって思う通りにならない。

 

もう誰に見られてもいいから、きもちを伝えてしまおうか…

そんなことしたら祐巳さんに迷惑がかかってしまう…できない…

 

志摩子の心は揺れていた。

 

そこで一計を講じた。

「祐巳さん、これ受け取ってくれない?」

志摩子は白い袋をさしだした。

祐巳は不可解な顔のまま受け取る。

「中を見て」

志摩子は祐巳が?マークを飛ばしながら開けるのを見つめている。

「リボン…?」

そう、志摩子が祐巳に送ったのは赤と白のリボン。

「あげるわ」

「え?そんな、貰えないよ!」

「祐巳さんに貰ってほしいの、気に入った方を明日つけてきて」

祐巳は赤と白のふたつを見つめた。もうすでに迷っているらしい。

「そんなことしないとは思うのだけど、赤と白の両方をつけてくるのはだめよ」

祐巳ははっと志摩子を見ると、顔を赤くしてうつむいた。

どうやら図星だったらしい。

そんな妙な髪形にしてまで中間をとろうとするあたりは実に祐巳らしい。

「明日なの?どちらかひとつを…」

「そう。どちらかひとつつけてきてほしい」

「これは志摩子さんにとって何か大切なことなの?」

…志摩子は返答に窮してしまった。

大切なことではあるが、そんなプレッシャーを祐巳に与えたくはなかった。かと

いって嘘をついていいのだろうか。わずか数秒の中で志摩子は揺れていた。

 

何か言わなくちゃと思ったその時

「わかった、ありがとう志摩子さん」

祐巳はリボンを鞄の中にしまうと笑った。

見抜かれてしまったのだろうか?志摩子は返事すらできずにいた…

一体あの笑顔は何を意味していたんだろう?

いつも愛しく見つめた彼女の笑顔が何だかこわく思えた。

踏み切った行動、

後悔はないのだけど、

 

不安なきもちを抱えながら志摩子はその日を過ごし、次の日を迎えた。

 

 

 

志摩子はいつもより早い時間に登校していた。

浅い眠りを繰り返して、朝を迎えると朝食もろくにとらずに出て来てしまった。

これでは先が思いやられる、と自分の弱さにためいきを抑えられない。

クラスメートが教室に入ってくる度に、志摩子はびくびくと反応してしまい、周

りの不審をかっていないか心配になった。

 

 

「あ、ごきげんよう祐巳さん」

「ごきげんよう」

祐巳の声に志摩子は振り返ることができなかった。

ぎゅと目をつぶってしまう。

まだ、こわい……!

 

 

「志摩子さん、ごきげんよう」

声をかけられる。

もう逃げられない…

志摩子はきつく閉じたまぶたを開き、すきな人の姿を見た。

 

「どうしたの?」

「……」

 

そこには頭に白いリボンを揺らした祐巳が…いた。

 

 

「ごきげんよう、祐巳さん」

笑みが零れる。

久しぶりにわらった気がした。

まだ何かがうまく動き始めたわけじゃないけれど、志摩子は勇気を得た。

何度も引き戻した手を差し出して、祐巳の白いリボンに触れる。

 

「祐巳さん、お話があるの。ちょっといいかしら?」

 

 

信号は青。

アクセルを踏む。

ブレーキは、もういらない。

 




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