お嬢様たちのQUIZ 2

 

 

 

その日、二条乃梨子が薔薇の館へ向かう途中珍しい人と道を同じくした。

「あら、乃梨子ちゃん」

「ごきげんよう、由乃さま」

乃梨子は普段由乃とふたりきりというシチュエーションにならないので、少し戸

惑った。

「珍しいわね、乃梨子ちゃんと一緒になるなんて」

むこうも同じだったらしい。特に共通の話題もないふたりは並んで歩くだけだっ

た。しかし非常にひとづきあいに対してドライなところがある者同士、居心地の

悪いということもなく道を進んでいく。

薔薇の館が見えてきた時、由乃がふと足を止めた。乃梨子は何事かと由乃に話し

掛けようとすると

「ねぇ、あれ祐巳さんよね」

由乃の視線の先には確かに物影に隠れようとする祐巳がいた。

「ねぇ、乃梨子ちゃん」

「何でしょう?」

「やっぱり友人たる者、友人が何か気掛かりな行動をとろうとするなら放ってお

いてはいけないと思うの」

「はぁ」

つまり好奇心だな、と乃梨子は思った。

「じゃ行くわよ」

由乃は乃梨子の腕をつかむ。

「わ、私もですか?」

「乃梨子ちゃんはお姉さまの友達の危機が気にならないの!」

きっと由乃は乃梨子を睨む。その視線を受け流しつつ乃梨子は溜息をついた。

 

危機って大袈裟な…

 

「わかりました、行きましょう」

見に行くだけだ、特に固辞してもいいことはない。

乃梨子の承諾に深くうなずくとずんずん由乃は歩いていく。乃梨子は由乃に引き

ずられるようについていった。

ふたりで隠れて祐巳の様子を窺う。

祐巳はこちらからはよく見えないが、何かごそごそと取り出しているようだ。そ

して何かを取り出すと満足げに笑っていた。

「何笑ってるのかしら?見えない…っ」

由乃はぶつぶつとつぶやきながら真剣に見入っている。乃梨子は関心を持てない

ままぼうっと様子を見ている。

しばらくはその状態が続いたが、やがて祐巳は来た方とは逆の方向へと抜けてい

った。

「いってしまわれましたね、祐巳さま」

「何だったのかしら、さっぱりわからない」

由乃はまだぶつくさと言葉を発していたが、乃梨子はのぞき見をしているという

行為から開放されてほっとしていた。

そして由乃がやっときもちが切り替わったのか、薔薇の館へと足をむけたその時

だった。

「あ」

乃梨子はそののち、この「あ」を激しく後悔することになる。

「何っ乃梨子ちゃん」

鋭く反応した由乃は乃梨子を振り返った。

大人しくしておけばこのまま薔薇の館へ戻れたのに…と乃梨子は内心深く嘆いて

いた。

「…祥子さまです」

「嘘っ」

くるっと元いた位置に戻ると、由乃は再び観察を開始した。

「ほんとだ…何してるのかしら」

また食い入るように見ている。そんなに気になるならいっそのこと声をかけたら

どうかと思った。

しかしそうさせない雰囲気を祥子さま…と祐巳さまは発しているように見える。

「何か手元がごそごそしてるのよね…髪も顔を隠すように前に流しちゃって何し

てんのか全然わかんない」

確かに…そのとおりだ。

先程の祐巳さまのようにこちらからは全貌は窺えないが何かしているのは間違い

ないらしい。

「あ、行っちゃう」

わざわざ由乃が実況しているので、見る必要もないのだが祥子さまは祐巳さまが

去っていった方、つまり自分が来た方へ戻って行った。

「何してたんだと思う?祥子さま」

「さぁ…私にはわかりません」

乃梨子の気のない返事に張り合いを失ったのか由乃はこの場を離れようとした。

薔薇の館の前に来ると、何故か志摩子が手を振っている。誰に手を振っているのか

と思えばそれは小さな女の子だった。その女の子が乃梨子と由乃の脇をすり抜け

ていく。

何故か女の子の目は赤く、足には絆創膏らしきものが貼られていた。中々おてん

ばな女の子らしい。

「志摩子さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう、お姉さま」

志摩子は手に小さな紙を持っている。

志摩子は先ほどの女の子には触れることなく、ごきげんようとだけ言うと薔薇の

館へと戻っていった。

志摩子はその紙くずをゴミ箱へと投げた。

「ないねぇ…」

会議室に入ると令は菓子折りの前でうなっている。

その脇で祐巳と祥子が腕を組んでいる。

「お姉さま、どうしたのですか?」

由乃は令の見ている菓子折りを覗きこむ。

「いや、昼にこれ置きに来たんだけどね、開いててさ、中身が減ってるの」

「あ、ほんとだ、お姉さまが朝持ってたやつですね」

「うん。別に山百合会に寄贈するつもりだったから構わないんだけど…」

「誰が開けたのかあててみせましょうか?」

由乃はぐるりと山百合会のメンバーを見回す。

「由乃また、そういうことを…」

「今度は私の本領を発揮するわよ」

由乃は乃梨子を見て笑う。

あぁ、いつぞやの余興のことか、すっかり忘れていた。

「あの、令さま、私…」

「志摩子さん、黙って。祐巳さん、犯人はあなたね」

「へ?」

「由乃ちゃんなんてこと言うの!?何の理由があって…」

祥子は祐巳よりも激しく反応する。お姉さまの鏡である。

「私さっき見たもの。薔薇の館の裏で何かしていたのを!何をにやにやしているの

かと思ったら、それはお菓子を食べていたからね!」

「祐巳、一体何をしていたの?」

祥子は心配そうな目で祐巳を見ている。

「そ、それは…」

「言えないの?別に令ちゃんは怒らないから正直にいいなよ」

「あ、あれは…」

「あれは?」

由乃はじりじりと祐巳を攻め立てる。

「あれはお姉さまの写真を見ていたの!」

祐巳はかばんの中から白い封筒を出すと、中身を出す。

確かに祥子の写真である。

「き、今日蔦子さんから受け取って、家まで我慢しようと思ったけど、我慢できな

くて見ちゃったの!」

「……」

全員絶句。

「祐巳、私の写真なんて欲しかったの?」

祥子は驚いた顔のまま、祐巳に尋ねる。

「はい…」

「言ってくれれば、そんなものいくらでもあげるのに…」

「ほ、ほんとですか?」

「えぇ、代わりに祐巳の写真を頂戴」

「わ、私なんかでよろしければ…」

勝手に盛り上がる紅薔薇姉妹。

「ち、ちょっと待ってください!では犯人は祥子さまですね?」

「まぁああ!由乃ちゃんなんてことを!」

盛り上がりに水を差された恨みと、言われなき告発に祥子は逆上している。

「由乃、冷静になってよ。祥子がそんなことするわけないじゃない」

「だって!さっき祥子さまも薔薇の館の裏でこそこそしてたもの!怪しいわ」

逆上した祥子はもはや躊躇することなく、それをテーブルにたたきつけた。

それは…

「これは…私のリボンですか!お姉さま」

「そうよ、祐巳。あなたからもらったもの。お守り代わりに持ち歩いているのよ」

「……」

全員絶句。

「祥子さま、ではさっきは何を…」

「祐巳のリボンを髪につけてみようと思ったのだけど、皆の前はやっぱり気がひけて

やめたのよ、それだけ」

「それなら…そんなこそこそしなくても…」

由乃は紅薔薇姉妹のふたりの話にもはや情けなさすら感じ始めていた。

 

「由乃…もういいよ。なくなったのもひとつだけだったし」

「…じ、じゃあ誰なのよ!もう」

由乃はかんしゃくを起こしている。

そこですっと手をあげたのは…

「由乃さん、私なのよ…」

志摩子だった。

「えぇ!」

乃梨子以外の全員が驚きの声を上げる。

「ごめんなさい、最初に言おうとしたのだけど、由乃さんに止められてしまったから」

「あ、あれ…」

由乃は思い出して頭を抱えた。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」

志摩子が丁重に頭を下げる。

「いいよ、もう志摩子、気にしないで」

令のその言葉で一件落着してしまった。

由乃ひとりが不満げな顔をしていたが、令になだめられながら、やけになってお菓子を

口に入れていた。

そして祐巳は祥子の髪にリボンを結ぼうとしている。この二人に振り回された由乃は、

お気の毒であったというよりない。

 

そんな黄薔薇姉妹と紅薔薇姉妹であるが、残された白薔薇姉妹は、というと……

 

小声で乃梨子は志摩子に話しかける。

「志摩子さんが食べたんじゃないんでしょ、お菓子」

「…やっぱり乃梨子はわかっていたのね」

志摩子は苦笑して乃梨子を見ている。

「驚かないんだね」

「だってさっき乃梨子だけは私が名乗りでた時驚かなかったもの」

「よく…見ているね」

乃梨子は驚いた。まさかそんな時の表情を志摩子が観察していたなんて思わなかった。

「だって乃梨子のことですもの」

にっこりと乃梨子のお姉さまは笑った。

乃梨子はその笑顔に沸騰しそうになりながら、説明を始めた。

「さっき捨てたゴミ、あれは絆創膏の屑だよね。あの女の子に貼ってあげたんだ。つまり

怪我をしてたってこと。赤い目をしていたのは泣いていたから、志摩子さんはあの子を慰

めるためにお菓子をあげたんじゃない?違う?」

答え合わせ、乃梨子が見つけた答え。

「あなたは気づいてくれるって信じてたわ」

 

 

乃梨子だけが知る、マリアのようなお姉さまのやさしさ。

 

 

 

 

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