いつか問われる(3)

 

 

 

鳥居江利子はその日、蓉子から手紙で呼び出された。

『昼休み、温室で待ってる。 蓉子』

ただこれだけ。正直最初はいたずらかと思った。

聖とふたりで私をはめようとしているんじゃないかと思った。そんな

ものにひっかかる江利子さまではないわよ、とほくそえんだけど。

思い当たった。

最近の聖と蓉子の奇妙な雰囲気。

不仲だとかそういうんじゃなくて、ただ妙。

ただならぬ空気。

その正体に薄々江利子も気づいていたけれど、あまりにもセンシティブ

な問題で、外に問題が現れないのなら、放っておこうと思っていた。

 

これはきっとSOSだ。

蓉子が出す最初で最後の…

あの憎らしいくらいのしっかり者の親友の…

きっと相談に乗れば、私も傷つく、でも…

私の傷など惜しくは無い。

私にできるせいいっぱいであなたの力になろう。

 

江利子は手紙を小さくたたんで、かばんにしまった。

聖にばれないように、細心の注意が必要だろう。

 

江利子は昼休み、クラスメイトの喧騒に紛れて校舎を抜け出した。

目指すは温室、ただ一点。

 

さすが、遅刻なんてしたことあるんだろうか?という江利子の親友は、

たったひとり、温室で江利子を待っていた。

彼女は音もなくそこにいて、

ただ空を仰いで、

一体何を、

祈っていたんだろうか。

 

「蓉子」

江利子が声をかけると蓉子は緩慢な動作で振り返った。『紅薔薇さま』の時は

こんな動き方はしない。私を待っていた証拠だった。

「江利子、手紙で呼び出したりしてごめんなさい。二人で話したかったの」

振り向いた後の彼女はいつも通りで、私はその切り替えの良さにほれぼれしつつ

呆れた。

「用件は?聖のことでしょう?」

「さすが、黄薔薇さまに隠し事はできないわね」

いつもの軽口、それなのに何と蓉子が弱く、儚く見えることか…

私は悲しくて仕方がなくなった。

 

私は返す言葉もなく、蓉子の次の言葉を待った。

しかし、彼女が次に紡いだ言葉は予想外だった。

「藤堂志摩子って知ってるかしら?」

「は?」

トウドウシマコ?一体それは何者だ?

全く聞き覚えのない名前に私は間の抜けた返答をしてしまった。

「知らないわよね、私も知らなかったんだもの。江利子ならもしかしたらって思った

のだけど」

いらいらする。全く何を企んでいるのかわからない。

「蓉子、一体何の話なのかはっきりさせてもらえない?」

「そんなに焦らなくたっていいじゃない」

にこにこと笑っている。なんなのだ?こっちは一世一代の友人のピンチだと思って、

珍しく私が慰めてあげようなんて思っていたのに、

無駄な配慮だったのかと思うと、ふいに怒りがこみ上げてくる。

私の勘違いだといわれればそれまでなのだが、そんなに私は大人じゃない。

 

皮肉のひとつもぶつけてやらねば気がすまない、と思ったその時気づいた。

蓉子の目が笑っていない、ということに

あんなに眩しく、強く、美しかった瞳は消え、どこか定まらないところを行ったり来たり

しているようだった。

蓉子は確実に蝕まれたのだ。それを本人が望んだとはいえ…

私は怒る気も失せて、そのからっぽな笑顔をただ見ていた。

「もう、今日の江利子は大人しいのね、つまらないわ」

「大人しくなんかないわよ。いつもこう」

私は何を言い返す気にもならない。

こんな蓉子は見るに耐えない。けれど…見捨てられない。

「じゃ、本題に入るわね」

「どうぞどうぞ」

私は侮っていたのだ、蓉子を。

「藤堂志摩子を山百合会に呼びたいの」

「は?」

「でね、聖にはばれないようにしたいの。だから協力してくれない?」

「ちょ、ちょっと待って」

私の予想でカバーできる範囲を遥かに超えていて、いったん話の腰を折らざるを得なかった。

「なぁに?本題を急いだのはそっちじゃない。だから端的に話したのに」

今日の蓉子は何だか幼い話し方をしていて、調子が狂う。

いや、そんなことはいいのだ。

「まず、藤堂志摩子をなぜ山百合会に?」

「…いわなきゃだめなの?」

「かわいこぶったってだめよ、無駄」

「…聖の妹になれるかもしれない」

 

私は蓉子がおかしくなったのではないかと思った。

肩を揺すって、「しっかりして!」と叫ぼうかと思った。

けれど、実際の私は脱力することしかできなかった。

 

「あなた何言ってるのよ?聖の妹?そんなのできる訳ないじゃない」

「わからないわ!だってっ!」

蓉子はそこで言葉をつまらせた。

それでは反論にならないとわかっているはずなのに、

何が蓉子をとめたのか。

「だって何よ?先を言いなさい」

 

重苦しい沈黙。どうして黙るのか。

 

「聖が…」

「聖が?」

聖に妹などきっとできないだろう、と私は思っている。別に妹なんていなくたって、私は一向にかまわない。それは聖の自由だ。

栞さんとの一件。私も何も知らないわけじゃない。

だから聖が望むように、残りの高校生活を送ってほしい。

言葉にはしないけれど、私だって聖を大切に思っているのだから。

 

何かをふっきったような、やけになったようなそんな顔で蓉子は言う。

「聖がね、藤堂志摩子の名を口にしたの」

「別に聖だって女の子の名前くらい言うでしょ」

「その時の顔ね…」

「顔?」

顔ってなんだろう?少なくとも私には心当たりがない。

「栞さんの名前を初めて口にしたときと一緒だった」

 

 

私は蓉子の顔が…蒼白になったように見えた。

いや、違う。

その時の彼女の絶望を思うと…

私の思いが見せた幻。

 

「そんな…そんなの呼んじゃだめじゃない!」

「どうして?白薔薇さまに妹ができるのよ?山百合会にとって素晴らしいことよ」

こんな時にまで『山百合会』

しっかり者もここまで来ると問題だ。

「山百合会なんてどうだっていいじゃない!」

「黄薔薇さま、そのようなことおっしゃらないで」

くすくすと笑う蓉子。一体蓉子は何を企んでいるのか?

「…一体何を考えているの?蓉子。正直に言って」

「山百合会のことよ?」

 

私が何を言っても蓉子は何も応えてはくれない。

知らないうちにこんなに蓉子が、私に壁を作るなんて思ってもみなかった。

 

「協力する、だから蓉子、本当のことを答えて」

「何かしら?」

 

きっと今の蓉子を支えるたったひとつの真実。

たったひとりの…ひと。

 

「あなたは聖がすきなのね」

 

蓉子は答えなかった。

でもそれが何よりの答え。

蓉子の傷を広げたくはないから、私はここで去る。

それがきっと私のスタンスだから。

 

 

 

江利子はそれ以上何も問い詰めずに去っていった。

ありがとう、江利子。

あなたは私の最後の、最高の親友よ。

 

だから、去り行くあなたの背中に教えてあげる。

 

「これは賭けなの。藤堂志摩子が、久保栞がやってきても、

私たちはだめにならないって」

 

誰にも聞こえなかった、蓉子の宣誓。

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送