ゲームはまだ終わらなかった

 

 

 

「行かないの?」

廊下でひとり、物思いにふけっていたら蓉子が声をかけてきた。

どこへなどと聞かなくともわかっていたけど、蓉子に見透かされているようで嫌

だ。

「どこへ?」

「わかってるくせに。やめなさい、そういうの」

そこまで理解してくれているのに、なぜ、私の言葉遊びにつきあってくれないの

か。相変わらず手厳しい。彼女が甘い態度を示す相手なんていないのだろうか。

それは…

たとえば祥子の妹、とか。

しまった。自分で地雷を踏んでしまった。額に指を当てて、そんな自分に喝を入

れる。

「今日は令の妹が来る日じゃないの、あなたが行かなくてどうするの?」

蓉子はそんな私にさらに追い撃ちをかける。頭がまた沈むのを感じる。

「そうね」

応戦する気が起きないなんて重症だ。想像よりずっと私はためらっている。

「…だいじょうぶよ」

私の元気の無さに進路変更したらしい。突然しおらしい声で語りかけてくる

一体何がだいじょうぶだと言うのか…

自分の兄や父を思えば、頭が下がる血の絆。

私と令の間にあるものなんて、たかだかロザリオひとつだ。

支倉令、鳥居江利子の妹。

初めに彼女をほしいと思った理由はその容姿だった。男性のような凛々しさと女

性のしなやかさを併せ持つ、稀にみる容姿。ぜひ私のそばに置いておきたいとそ

う思った。

江利子が初めて「支倉令を妹にしたい」といった時の皆の驚いた顔は、人生の最

高ランクに位置するくらい江利子を満足させた。

そしていざ妹にしてみたら、思わぬ意外性を内包していたことを知った。

愛読書は少女小説。

「可愛いポーチね」

と持ち物を褒めたら、返って来た答えは

「そうですか?自分で作ったんですよ」

編物裁縫はプロ並み。

ある日調理実習で作ったというお菓子を貰ったら、こんなに美味しい手づくりお

菓子があるのか、と衝撃を受けた。

料理をさせれば右に出る者無し。

どれも江利子を驚かせてくれた。

これで剣道の腕前はリリアン随一というのだから、やはり自分の見る目に狂いは

なかったと思う。

合反する魅力を同居させた得難い妹だった。

しかしその妹の口から幾度となく繰り返し聞く

『従姉妹の由乃』

には違和感を感じていた。

一つ年下で、現在リリアンの中等部に在籍している。親同士も仲がよく、隣に住

んでおり、実の姉妹のように育った。そして実際に従姉妹という血縁関係がある

。幼い頃から身体が弱く、ずっと令がつきそうようにして暮らして来た。令いわ

く容姿は大変かわいらしく。守ってあげたいと思わせるようなタイプ…

 

会ったこともない人間の情報が、これほど江利子の頭を占拠しているのはやはり

気になる証拠としか言いようがないだろう。

 

「江利子、行きましょう?令がきっと待っているわ」

そうだろうか?

今や彼女は大切な妹のことで頭がいっぱいなんじゃないかしら。

 

随分前から言われていた。

「私、妹にしたい人がいます」

「その人以外は考えられません」

「小さな頃からの暗黙の了解なんです」

 

私の前に立ち塞がった大きな存在。顔も声も知らない巨人、島津由乃。

今日ついに島津由乃は私の前に姿を表す。令の妹として…

 

 

「ねぇ蓉子?」

「何?」

私を見ていた蓉子が心配そうな視線を投げてくる。

「今からひとりごと言うから」

蓉子は耳だけを傾けてくれている。

「私、令のこととても好きなの」

 

 

「さぁ行きましょうか」

江利子は蓉子を促した。

「えぇ」

蓉子は何も聞かずに私と一緒に歩いてくれた。

薔薇の館の前まで来ると、少しだけ緊張を感じる。けれどそれはなかったことに

して扉をあける。

私は姉なのだ、この世でたったひとりの、

令の姉。

会議室にはまだ聖しかいなかった。

「早いわね、聖」

「江利子はもっと早くから来てると思ってたよ」

ほんとは誰よりも早くここに来て、ひとり心の準備をしようと思っていたのだ。

けれど必要以上に令との思い出が、込み上げて来そうでやめた。ここが唯一「島

津由乃」がふみこめない場所だったのに、今日でそれにも終止符がうたれる。わ

かっていたことだったけれど改めて実感する。自分のお姉さまが卒業して、やた

らに風通しのよくなった山百合会もこうして他の誰かがやってきて、続いていく

のだ。そしてそのひとりめが私の妹の妹。

「にしても黄薔薇さまんとこは毎年展開が早いね。ついていけないよ」

「あら?白薔薇さまのところが少々優雅すぎるのではなくて?そう思われません

?紅薔薇さま」

「違いないわね、黄薔薇さま」

たわいない会話。気のおけないふたりの友人はやはりありがたいものだった。

 

その時ドアが開く音がした。

「ごきげんよう、薔薇さま方」

令だった。その後ろには比較的小柄な少女がついて来ている。

華奢な身体、色が白い。切り揃えられた前髪からのぞく瞳はまつげが濃い影をお

とす。令とは対照的に長い髪をみつあみのおさげにしている。

なるほど…これは。

聞きしにまさるかわいらしさである。しかし同時に聞いていた情報のイメージの

延長線上ゆえにつまらなさを覚えたのも確かだった。

「ごきげんよう」

その口からこぼれた声も期待を裏切らない。こんな型通りの女の子がいるものか

と感心はした。

「令、申し訳ないけれど祥子がまだなの。私たちへの紹介はあとで構わないから

先に黄薔薇さまに」

「いえ、気になさらないでください。わかりました、紅薔薇さま」

令が島津由乃を連れて私の前へ歩いてくる。

さて、どうしたものか?

ただ「ようこそ、薔薇の館へ。私は鳥居江利子よ、よろしくね」などと言ったの

ではこの姉妹の中には入っていけない。ただの優しい令の姉ではだめなのだ。

じゃあ、どうしたらいい?

「お姉さま、紹介いたします。私の妹になりました、島津由乃です」

令が一歩引いて、島津由乃を前にだすのかと思いきや、意外や意外、島津由乃は

令を手で制し、自ら一歩前へ出た。

「従姉妹で妹の島津由乃です。初めまして、黄薔薇さま」

どこか刺を感じる言葉。そして何より彼女の顔に陰りを落としていたように見え

たその前髪は、彼女の挑戦的な視線を際立たせている。

面白い。

「私は鳥居江利子。初めまして、由乃ちゃん。私の令をよろしくね」

 

……これでいい。あと1年、退屈せずに済みそうだ。片方の口角が我知らず上が

る。

 

 

ありがとう令、私はやっはり最強のカードを引き当てる運命にあるらしい。

 

 

 

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