いつか問われる(6)

 

 

 

「うわ、珍しい」

「それはこちらの台詞ね」

聖が薔薇の館にやってくると先客がいた。志摩子がいることを期待していた聖は、

がっかりした気分を隠すために声をあげた。

にしても最悪だ。

こいつには会いたくなかった。

きっと江利子は感づいている。

何を?

きっとすべてを、だ。

問い詰めてはこないものの、その責めるような視線は本物だ。

私はそれに耐えられなくて、江利子とふたりになるのを避けていた。

「飲むでしょ?紅茶でいいわよね」

「や…自分でいれるよ」

江利子は不満げだ。けれど聖は無視してコーヒーをいれ始めた。最近は自分ひと

りでコーヒーを飲むことが増えた。あの志摩子がいれてくれた日以来その傾向が

強まってきている。

「蓉子って最近表情が曇りがちだと思わない?」

来た来た。

ここぞとばかりに文句をたれるつもりらしい。

遠回しに、ちくちくと。

いい性格をしている。

「さぁ…私にはわかんないな」

ひたすらとぼける道を聖は選んだ。鈍感だと馬鹿にしたいならすれば良い。あな

どってくれれば好都合だ。

しかし次の江利子の台詞は嘲りでも詰問でもなかった。

「蓉子ってすきな人いるのかしら?」

「ははっ、いるわけないじゃない」

聖はとぼけることを忘れ、笑いながら断言してしまった。

「あら?どうして?どうしてそんなこと断言できるのかしら?」

言い直すには遅い。

江利子の視線は、聖のほころびをとらえ離す気配がない。普段は使われない部分

がフル回転する。

「優等生の蓉子にそんなの想像できないから」

「弱い」

聖の反論はわずか三文字で切り捨てられた。

「それ以上の理由なんてないわよ」

言い合えば勝ち目はない。聖は話題そのものを終わらせようと考えた。

「蓉子がすきになるとしたら、どんな人だと思う?」

江利子はどうあっても譲ってはくれないらしい。

「さぁ?想像もつかないね」

「もう少し真剣に考えてみてよ」

聖はコーヒーを一口だけ口に含んで、蓉子を思い返した。

蓉子を任せられそうな人物…か。

「頭が良くて、お人よしで、責任感が強くて、誰からも好かれるようなやつ、か

な」

それを聞いた江利子は、可笑しくてたまらないと顔で笑い始めた。

聖は何故江利子がそこまで笑っているのか理解できず、呆気にとられていた。

「聖、あなた、ほんとおかしいこと言うのね」

「何よ?それ」

理由は他に考えられないものの、自分がやはり笑われていたというのはおもしろ

くない。ジロリと江利子を睨んだが、全く堪えた様子はなかった。

「それってまんま蓉子のことじゃない」

「あ…!」

言われて見ればその通りである。

「でも仕方ないじゃない、そう思ったんだから。それくらいじゃなきゃ蓉子に釣

り合わないよ」

そう思っているくせに、蓉子に醜くすがる自分に嫌気がさす。コーヒーの残りを

一気に飲み干すと、胃に重い感覚がした。

「私の意見は全く違うわ」

「は?」

聖は胃を軽く押さえながら、水を飲むか迷っていた。

「頭は悪くないけれど、ひねくれ気味。興味がある人間以外には本質的に冷たく、

放棄できるものは放棄し、みんなからは遠巻きに見つめられているようなタイ

プ」

「それ…一体誰のこ…」

私の問い掛けを遮るように、扉が開いて空気は変わった。

 

ぞろぞろと山百合会の面々が入ってくる。

蓉子と志摩子の姿もあった。

ふと蓉子と目があったけれど、さっきの江利子の言葉がひっかかって、

目をそらしてしまった。

蓉子はそんな私を見て、上品に首を傾げた。

 

「全員そろってるみたいね、じゃあ夏休みに向けての打ち合わせを始めましょうか」

全員が揃ってうなずいた。

その中には当たり前のように志摩子がいて、すっかりとなじんで見えた。

この蓉子を中心とする山百合会があればこそ、の風景。

志摩子を迎え入れることができたのは蓉子の功績が大きいといえる。

それはきっと、

私も同じで…

 

「はい」

なぜか江利子が私に紅茶のカップを差し出している。

「たまには私がいれたっていいでしょう?」

私は丁重にカップを受け取った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

私が白薔薇さまなんてものをやっていられるのは、このふたりのおかげだろう。

全員同じ紅茶、私を仲間として受け入れてくれている場所。

志摩子も隣で紅茶のカップを受け取っていた。

「志摩子、砂糖いるでしょ?」

志摩子は私の差し出した砂糖を受け取ることなく、驚いた顔で私を見ている。

なんなんだろう?

「白薔薇さま、妹でもないのに呼び捨てだなんて」

蓉子が苦笑しながら、指摘した。

あぁ、そういうこと。

志摩子はまだ固まっている。

「じゃあ、皆もそう呼んだらいいじゃない」

別に深い意味があって、志摩子を呼び捨てにしたわけではない。

志摩子さえ良ければ問題ないはずだ。

「私はかまいません、皆さま、どうぞお好きにお呼びください」

聖は言葉とは裏腹に、志摩子の表情が翳ったことに気づいた。

しかし、志摩子は嫌なことは嫌だとはっきりいうはずだ。何が問題だったんだろう?

「では私もそう呼ばせてもらうわ、志摩子」

最初にそう呼んだのは祥子だった。

「では、とりあえず会議を始めましょう」

蓉子が話題を切り替えた。

口にいれた紅茶は、コーヒーの味を緩和してくれてとてもありがたかった。

 

 

「蓉子」

「何?」

蓉子はとかく今日は機嫌が悪く見えた。

けれど、今日江利子に言われて気づいたことがある。

やっぱり…蓉子は…

 

「ねぇ夏休み、旅行に行かない?」

「誰が?」

蓉子らしくない、間の抜けた返答に、聖は笑いがこみ上げてきた。

「何で笑ってるのよ」

不機嫌全開、今日は大人しくキスもさせてもらえそうにない。

「ここにいるのは私と蓉子だけだと思うんだけど」

「え?」

「だめなの?」

「え、そんなことないけど…どうして…」

「ちょっと、ね…」

混乱する蓉子の表情が何とも興味深い。

 

「海がいいな、星が見えるとこ。別に泳げなくてもいい」

聖はまだ見ぬ未来に思いをはせている。蓉子はただ不思議な顔でそれを見ていた。

 

花は空を見上げ、咲き誇るけれど、

土がなければ、生きていけない。

 

僕らも天を仰いで、星に憧れながら、

地に生きる。

答えはそこで迎えたい。

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送