いつか問われる(7)

 

 

 

「聖…」

「何?」

白い部屋。海の見える窓。

聖と蓉子はふたりきりでベットに横たわる。けれど、何もしない。キスや手を繋

ぐことすらない。

部屋の隙間を埋めるように響くのは波の音と、ふたりのためいき。言わなければ

ならないことを互いにためらいながら、けれど今までにないほどふたりの時は穏

やかにすぎてゆく。表面化しない何かがさざ波に誘われてやってくる。乱し、ざ

わめく心の底。

「海に行きたかったんじゃないの?」

「水遊びがしたかったわけじゃないよ」

くるりと聖が蓉子の黒い髪を指でとる。

「人の髪で遊びたかったの?」

「そうかもね…」

その後何か言葉が続きそうだったけれど、聖は何も口にはしなかった。

日が暮れていく。

「きれいね」

蓉子は普段は見ることができない、水平線に横たわる夕焼けに素直に感動した。

「消えゆくものはいつだって美しく見えるものだよ」

聖は天井を見上げたまま答えた。

「私そういうの嫌いだわ」

「そっか…ごめん」

聖がやけに素直に謝るから、蓉子は慌ててしまう。

「せ、聖、どうかした?」

「普通普通、むしろ正常」

笑って聖が言うから、なんだか私も笑ってしまって、でもそれでいいかなって思

えた、

その時は。

 

確実に近づいているはずの足音は、波にかきけされたのか私の耳に届かない

 

他愛のない会話をしながら、食事をする。

あの時間違ってから、こんな風に過ごすことはなかった。とても貴重なことに思

えて、蓉子はいつもより饒舌になってしまう。

どうしてだろう?

リリアンじゃないから?

 

もし

そうなら…

私は一生

ここから出られなくてもかまわない。

 

マリアの目を逃れて、わだつみは母なる海のやさしさで私を救ってくれるのだろ

うか。

 

聖が笑っている。

シニカルな笑みではない、一体誰のせい?

解っている。

でも教えてあげない。

あなたがそばにいてくれるなら、悪い子にもなれる。

あなたが私を利用した。

久保栞から、

藤堂志摩子から

逃れるために。

いつのまにか、あなたではなく、私がふたりを恐れ、逃げていた。

でももうそんな必要はないのかもしれない。

そう思ってもいいの?

ねぇ笑ってないで、

どうか答えて…

でも恐くて…聞けないの。

 

部屋に戻ってくると、何故か聖は白いシャツを羽織った。

「どこか行くの?」

食後の満足が倦怠感へと変化していた私は、聖のその行動の意味をはかりかねて

いた。外はもう暗くて、昼間の浜辺のにぎわいは消え去っていた。

「こんな時間に危なくないの?」

「夜の散歩も悪くないでしょ?」

聖は白いシャツを羽織った姿で振り返る。

そして私の黒いカーディガンを投げて寄越した。

「私も?」

「いやなの?」

「そんなことないけど…」

私は突然の提案に得心がいかず、もたもたとカーディガンを着る。

「それいいよね」

「?なんのこと?」

「白いワンピース、海辺の美少女の代名詞〜」

「何言ってるんだか」

私は言い捨てるようにつぶやいた。

「どうして?かわいいよ」

「馬鹿にしてなさい」

私は聖の顔が見られなかった。

恥ずかしい、

そんなのあなたに言われたことなかった。

「あなたはほんとに…」

何かをいいかけてやめてしまう。

「…何か言った聖?」

「何でもなーい。じゃいこいこ」

聖は私の背を押して、追い立てる。

だから私には聖の顔は見えなかった。

 

 

浜辺を歩いていく。夜風は潮の香りがして、別世界に来てしまったような気がす

る。夜の海は暗くて、等間隔に立つ街灯に照らされた聖の背中だけが道しるべだ

った。

今の私の世界をちょうど表しているみたいで、しあわせな気分が陰る。

「海、暗いね」

聖はふと立ち止まると、海を見た。

「吸い込まれそう…」

「だめだよ」

聖は蓉子の手をひいた。

「水は人を呼ぶんだよね…きっと」

「聖、どうしたの?」

「さみしいから。でもさ、やっぱりそんなのだめだと思う」

聖は蓉子の手を離して、舗装された道から砂浜へひとり降り立った。

蓉子は聖を見下ろす形になる。

聖は空を仰いでいる。つられて蓉子も空を見上げた。ビロードのような質感もつ

漆黒の夜空には真珠のような月が浮かんでいて、星が彩りを添えるように瞬いて

いる。

「もうね、大丈夫だから」

聖は笑ってそう言った。

「だから、離れていっていいから」

蓉子は身体から力が抜けていくのがわかった、何故自分が立っていられるのか解

らない。

「私のこと嫌いになったの?」

蓉子はやっとのことで言葉を発した。

「違う…わかったから」

「何を!?」

ヒステリックに蓉子は叫んだ。何が解っていたら、そんなことが言えるのか。

「…蓉子が…」

「私が…?」

今にも崩れ去りそうな理性、泣き出すのか怒り出すのか自分にもわからない。

聖は首を振る。

「人の好意はいらないの、こわいのよ。蓉子は…」

いつ…気付かれたのだろうか?

聖は目をそらし続けると確信していたのに…

 

引き返せと私の中の何かが言う。

私の気持ちが伝わるのは…もう…こんな形でしか…ないなら…

 

「…いらないわよ」

蓉子は自分にしか聞こえないようにつぶやく。

 

ほしいのは、ただひたすらに想うあなた。

 

涙を飲み込む。もう泣かない、怒らない。

 

さぁ、笑え。

 

「私はあなたのことは好きじゃないわよ、友達、ほ…ほっとけない…から」

まるで聖をあざわらうような、笑い声をあげる。

海辺にこだまして、嫌な空間に変わる。

聖は…最初ぽかーんとした顔をしていたけれど、次に安心したように笑い出した

そんなことで…

あなたは笑うの?

ひどいよ…

 

「終わるのかと思ってた、だからここまで来たのに…ごめん、戻ろう」

「えぇ」

聖は蓉子の手を取り、再び同じ道を歩き出した。

 

 

蓉子は振り返る。

暗い、人を呼ぶ海。

それはきっと、聖でなく、

私…

 

 

 

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