いつか問われる(8)

 

 

 

夏休みを終えて、私たちはリリアンへかえる。時計は逆戻りし

たりしないから、戻って来たとしてもただ未来へと進んでいく

だけ。

未来が明るいなんて、誰が決めた?

未来が暗いなんて、誰が決めた?

私の未来は瞳を閉じたままの私には見える筈もなく、いつまで

も不確定。

私は真っ黒に塗り潰された思考をただ巡らせる。

 

「お姉さま」

私は意識を取り戻す。覚醒はいつだって不快なものだけど、妹

の声は心地よかった。もしかしたら今が夢の中なのだろうか。

「祥子、どうしたの?珍しいじゃない…私を呼び出すなんて」

「先にお知らせをしておこうと思いましたので」

「ますます珍しいこと」

どちらかといえば、祥子はひとりで何でも決めてしまえる子だ。

もしくはひとりで決めなければならないと思っている子とも言

える。一体何のことだろうか。

「私の妹のことです」

「!、決めたの…?」

私は一瞬息を飲んだ。山百合会としてはこれほど喜ばしいこと

はないが、蓉子は姉として不安が残る。

「一体誰を?どこで見つけて来たの?」

「お姉さまもよくご存知の人物です」

光の早さで蓉子の中を閃きが駆け抜ける。自ら山百合会へと引

き寄せ、聖を思うと考えずにはいられないその存在。

「藤堂志摩子…なのね?」

質問でなく、確認。

「はい」

寸分の迷いも無く、祥子はうなずいた。

「……」

「何か問題がありますか?」

私が無言でいたせいか、祥子は声をかけてくる。

「正直言って意外だわ、あなたが藤堂志摩子を望むなんて」

「私の妹としてふさわしいかは別にしても、私なら彼女にふさ

わしい居場所を提供できますわ」

冗談交じりに…いやもっと複雑な自分でも処理しきれない感情

で蓉子は祥子に「志摩子を妹にしてみてはどうか」と提案した

ことがあった。その時はさほど強く関心を示してはいなかった

のに、一体何が祥子を目覚めさせたのだろうか。

「あなたが後悔しないのなら…」

笑えなかった、

藤堂志摩子という存在はわたしにとってあまりにも難しい存在

で、

でも本当は…

祥子は笑う。

「私、後悔なんてもの、知りませんわ」

私がとうに無くした輝きがそこにはあった。

 

 

祥子は颯爽と「これで失礼します」と去っていった。

私はどうしていいのかわからなかった。

自分で蒔いた種とはいえ、藤堂志摩子は深く私の世界へ侵入し

てきている。

藤堂志摩子は有能だった。おそらく以前から生徒会活動か、そ

れに準ずるような経歴を持っているのだろう。山百合会にとっ

て彼女の価値は大きい。

では私にとっての価値は?

そんなもの答えられない。

ふらふらと校内を歩いていく。

「ごきげんよう、紅薔薇さま」

「ごきげんよう…」

私はうつろな挨拶を返す。

「どうかなさったんですか?紅薔薇さま」

山百合会のメンバーはいわば学内において、特異な地位を担っ

ているせいか気軽に話しかけられることは少ない。おそらくは

下級生であろう彼女は多少緊張した面持ちで、私を気遣う。

「いえ、なんでもないわ」

笑え、笑うんだ。

泣かないと決めた。一度泣いたらきっととめどく涙は溢れて、

きっとその涙の訳すら

忘れてしまう。

そんなの嫌だ。

この苦しさも、悲しさも、

すべて私のもの。

誰にも見せない。誰にもあげないの。

たとえ聖にだって……

「失礼しました」

照れたような笑顔を浮かべて去っていく。

皆、去っていく。

どうして、踏み込んで来てくれないの?

どうして、助けてくれないの?

私はここにいるのに。

ここにいきているのに。

どうしたら、誰か、私の傍にいてくれるの?

私は……さみしいんだ。

 

違う、私は聖にいてほしい。

目的を見誤ってはいけない。

私が祥子に志摩子を勧めた訳、

祥子の決意を聞いた時おぼえた感情、

悪い子になるよ。最高純度の好意で、最高純度の願いを叶える。

 

 

 

「藤堂志摩子さん、呼んでいただけるかしら?」

蓉子は来たことのなかった志摩子のクラスへと足を伸ばす。

これといって緊張はない、上級生だからとかそんな理由ではな

く、それが水野蓉子という人格である。

「は、はい!少々お待ちください」

蓉子に声をかけられた生徒は雷に打たれたように、びくっと反

応し、逃げるように教室の奥へ向かう。

何だかこちらが悪いことをしているみたいだ、これは山百合会

の解決しなければならない問題点のひとつだろう。

これから自分がしようとしていることを思えば、なんという場

違いな思考だろうと思うが、人間はおしなべて余計なことを考

えるものだろう。必要なことだけ考えて

生きていけるのならば、こんな楽なことはない。

「お待たせいたしました。紅薔薇さま」

さっきの生徒とはうってかわって、余裕の表情である。可憐ではかなげな容姿と

は裏腹の毅然とした態度に蓉子は自分の愚かさを痛烈にかんじていた。

人気のないスペースにふたりは移動する。蓉子は自分のうしろについてくる志摩

子に何から話せばいいのか、今更混乱していた。

「紅薔薇さまとふたりで話すのは珍しいことですね」

志摩子は特に気負うこともなく、蓉子に語りかけてくる。蓉子はゴールを自分で

決めることのできないまま、止まらなければならなくなった。

「えぇ。そうね」

きっと自分は避けていたのだろうと思う。どんな感情を志摩子に抱けばいいのか

わからなかったから。

羨望、嫉妬、好意、嫌悪、信頼…そのどれもが本当でどれもが嘘。ひとつに割り

切る必要もないのだろうけれど。

祥子の決意を聞いた時私が抱いたのは……安堵。

「ルールは破るだめにある、なんて私は好きじゃないんだけどね…」

蓉子は前置きを挟むことができず、本題に入る。混乱している時,概して行動

は単純化されるものだ。次の言葉を促すように志摩子は首をかしげた。

「志摩子、祥子の妹になって頂戴」

蓉子は自分の中の何かが失われていくのを感じていた。けれどその程度で失くな

るのなら、きっと必要ないものだと思う、急速にその存在を忘れていく。

忘れる。あぁ、それこそが、

何より悲しい。

「……私が、あなたにお答えできることは何もありません」

震える声で志摩子ははっきりと、私の言葉を拒絶した。

踵を返して、志摩子は私から遠ざかっていく。

 

…わかっていた…

こう言われることは。

けれど、それでも、いつかその時が来たら、

きっと刃となって私の言葉はあなたを貫く。

それだけのための、今。

 

ほんとに…私らしくない。

私らしくないことをして、私らしさを知る。

あぁ、聖。

私はあなたに近づいてから、私らしさを嫌という程知った。

 

 

 

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