いつか問われる(9)

 

 

 

あぁ…初めて。           

もう二度はない。

私が、あなたから離れていく。  

                            

志摩子が聖と手を繋いで校内を走り抜けていく。

数多のまなざしを気にもとめず、秋の高くて、青い空の下を。

何があったのかなんて聞かなくても分かる。   

あのふたりは手を繋いで、歩く姉妹になったということ。

私はそれを見て、理性を取り戻す。

そして私は夢から覚めた。                       

 

志摩子は正式に聖の妹として、薔薇の館に出入りするようになった。

祥子はつまり振られた訳だがおそらく全てを理解していたのだろう、清々しい姿

で今日も学園祭の準備を進めている。

そう、水面下では面白い企画も動いている。祥子ととある一年生、福沢祐巳が賭

けをしているのだ。たぶんふたりは運命の姉妹、きっと結ばれることだろう。学

園祭が終わる時、きっと私にも祥子にも転機が来る。

 

どうか終わりはやさしいものでありますように。                           

 

 

「蓉子」              

 聖が珍しく私を呼び止める。その目は気遣わしげに私を見ていて、あぁ四月のあ

の時の聖はもういないのだと私に教えてくれる。   

とてもうれしい、       

すこしせつない。       

うまくいかない方が楽しいなんて、嘘。いつかはうまくいくと思うから楽しいのだ。

そんな期待をしていたのか、ばかみたいだ。   

「どうしたの?」      

 私が笑って聞くと、聖は何かを言いかけてやめた。

「私、忙しいから。何もないなら行くわよ」       

「う、うん。ごめん」   

私はすきな人に背を向けて、歩きだす。                                   

「紅薔薇さま」         

細く柔らかな響きの中に芯の強さ、これは…       

「志摩子」             

さっきは聖、次は志摩子。わかってはいるけれど憂欝になる。

聖にはある、いちばん言わなければいけないことが。でも彼女には私は語るべき言

葉を持たない。もっとも近しい人が同じなのに、最もお互い遠くにいる。思えば不

思議な関係だ。                     

「お時間が許すようでしたら、場所を変えたいのですが?」                 

「かまわないわ」       

蓉子は志摩子の後についていく。気はのらない、けど逃げられない。

流されるままいたら、今だけは楽になれるだろう。

人気のない場所まで連れて来られる。

「上級生をしめようってわけじゃないわよね」

「しめる?」

志摩子には意味がわからなかったらしい。そうも純粋に疑問で返されると思わなく

て私は力なく笑うと

「深い意味はない」

と言った。

「でも私が佐藤聖の妹になったということには意味がありますよね」

と鋭く返された。纏う空気はいつものままの穏やかな志摩子なのに、その鋭さに私

は言葉を失う。何もされていないのにナイフをつきつけられたような気分。

これはあの時の報いだ、私が祥子の妹になれと言った時の。

「紅薔薇さまはお姉さまのことが好き…なのですね?」

「えぇ。誰よりも」

肝心な時には出てくることのなかった私のきもちはこんなところで自己主張をする。

私は自分のきもちを愛せなかった。ただおしつぶされていく感情の悲鳴を聞いてい

ただけ。

「お答えに感謝します」

志摩子は深々と頭を下げた。

「志摩子、あなたも…」

私はそのあとの言葉を口にはできなかったけど、志摩子は黙って微笑んで、それだけ

で私たちは通じ合えた。何もかも合致してやいないのに、こんなにもわかりあえるな

んて皮肉だ。

「もうどうしようもないんでしょうね」

「えぇ、あの方にとらわれてしまったかぎりは」

けれど志摩子、私はあなたが知らないことを知っている。久保栞、そして藤堂志摩子、

終わりない聖と栞さんの遊戯。

「もういいかしら?」

私は志摩子の肯定を受けて歩きだす。ぐるぐる回って、この循環はどうなるのか。

答えは、いらない。

 

火のはぜる音がする。私と聖は珍しくふたりで山百合会の作業をしていた。燃え

てゆく思い出の欠片たちが、空へとのびていく。いつか空を見上げる時きっと思

い出すだろう。

「終わったわね、最後の学園祭」

「肩の荷が下りたってかんじで特に何の感慨もまだ湧かないな」

聖はさらりと私の感傷を受け流す。

「紅薔薇さま、白薔薇さま」

話し掛けてきたのは下級生らしき生徒、小柄で元気のよさがにじみ出ているよう

なかんじがする。

「どうかして?」

「宜しければ混ざっていただけませんか?」

彼女が指したものはフォークダンスの輪だった。

「いいよ、面白そうじゃない」

面倒を嫌う聖にしては稀に見る積極性を発している。

「そうね、私も参加するわ」

私と聖は下級生に連れられて輪に近づく。

「白薔薇さまはこちら側に」

と言われると待ち構えていた生徒の手をとって列に入る聖。

「できるだけたくさんの子にチャンスがある方がいいので」

というと私を聖から離した場所の違う列へ組み込んだ。

「よろしくね」

私は笑ってそういったが、相手方はがちがちに緊張していて、何だか申し訳ない気分になってしまう。

曲が流れる、一度途切れてはまた戻ってきて、ぐるぐると続く。

あまり話したりはできないけれど、パートナーが変わる度にごきげんよう、と挨拶する。最も基本的なコミュニケーションは笑顔で返してくれる相手がいれば最高のコミュニケーションだ。

するとあと少しで聖との番が来る。私は少しどきどきしてきた。

こんな時になって自覚してしまう。私は聖のことがすきなんだ、と。

もう私に触れてくれなくても、別の誰かの手を取っても、

私はあなたが、あなただけが…

あと一人、次は私の番。

あなたが、私の手をとろうとしたところで

音楽が終わった。

 

 

私は、全てを理解した。

 

 

薔薇の館に戻って、皆で明日の集合時間を確認すると解散にする。

祐巳ちゃんと祥子はいまだ戻らず。ようやく祥子にも妹ができた。

私も楽隠居できそうだ。

「聖」

私は帰り支度をしようとしていた聖を呼び止める。

「何?」

不思議そうな顔、あんな風にふたりで過ごした時はもう、嘘の、よう。

「時間、ちょうだい」

「…わかった」

志摩子の視線が私に送られる。けれど私は無視をした。

「お姉さま、私先に失礼します」

「うん。気をつけな」

聖は手を振って志摩子を促した。

皆が館から出て行く様を私は見ていた。ここからはふたりの時間だって確かめる。

「蓉子」

あなたの私を呼ぶ声。もっと自分の名前が長かったらいいのにと何度願ったか。

「うん?」

あなたの私を見る目。私だけその瞳に映して欲しいと何度願っただろう。

「どうしたの、今日は」

でも何より願ったことは、私を…

「聖がすきよ」

聖は言葉をなくして、黙り込む。

「友達なんかじゃないわ、私をすきになってほしいの」

私たちの時は、あの4月で止まったまま。

私が動かすのだ。これは私だけが聖にしてあげられること。

「だから…距離を置きましょう」

「よ、蓉子」

「私、もう無理なの…」

「…わかった」

聖はなにひとつ反論することなく、受け入れた。これでいい。よかったのだ。

「ねぇ、聖ひとつだけお願いがあるの?」

「何?」

私は手を伸べる。

「踊って、さっきの続き」

聖は黙って私の手を取ると授業で覚えたワルツを踊りだす。

 

ねぇ?聖。

私がフォークダンスの時、私の手前でとまってしまって、

私が何を考えたと思う?

私はね、あぁ、私の番はやってこないんだって言われた気がしたのよ。

たぶん…それはとても正しいの。

 

涙があふれそうになる。

思い出が走馬灯のように頭を過ぎる。

くるくると、それをかき乱すように、踊る。

でも笑う。

少しだけ、恥ずかしい。

 

これが私とあなたのラストワルツ。

 

 

 

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