白い待ち合わせ

 

 

 

白い息。冬はきらいだ。

どこまでも冷めた私に似て。でも冬の終わりはもっと嫌いだ。世界が私をおいていってしまうような気がして。

らしくない感傷がうずまく中私は暮れゆく空を見上げる。

ベンチに座り、人を待つ。何故外なのかよくわからない。彼女の普段の気遣いっぷりならば、校舎の中のどこかに呼び出しそうなものなのに。

待ち人いまだ現れず。私は目をつぶり少し彼女を思い出す。

彼女という人はみんなに優しい。

それは本物の優しさというやつで、時に甘く、時に厳しく、けれど見捨てることはない。そんなに多くのものを抱えてパンクしないものかと危ぶむけれど、彼女は笑顔のままその荷を降ろそうとはしない。その重さがしあわせだと言う。私は呆れて物がいえなくなる。彼女は優秀だ、その能力の限界など見えてはこない。だから皆彼女に依存する。私はそんなのごめんだ。

彼女を信頼してないとかそんなんじゃない。むしろ誰より信頼している。だから

対等でありたかった。むしろいつか彼女がその荷を降ろすことを望むのなら、私

がその手をとる。

だからいつでも私の片手はあけておくのだ。

妹でも姉でもない彼女のために。私は決して強引に彼女の手を取りはしない。それは私には許されないこと。いや、誰にも許されないだろう。呼び出された意図、少しは期待してもいいのだろうか。彼女のすがりつく手を。

 

 

身体がぽかぽかしている。

思ったよりも遅くなってしまった。自分で呼び出しておいて遅刻はないだろうと思う。人のいない、静かな廊下をわたしは急ぎ足で進んでいく。こんな時くらい走ればよいのだろうけど、あの妹に示しがつかない。ひたすら我慢に我慢を重ねて、目的地を目指す。

彼女にこれから伝えるべきことはたくさんあるようで、ひとつしかない。

それにしてもこうして必死に歩いているのに、ふとした弾みでわたしは彼女を思い出してしまう。一体どれほどの時を彼女と過ごしてきたのだろう。

でもいつの時も彼女は変わらずそこにあってくれた。彼女はいつも回りをにぎやかにしようとするけれど、自身はいつだって静かで…誰にもよらず立っていた。

誰にも期待させない。でも涼しい顔をして願いを叶えてくれる。だから私はいつだって安心していたのかもしれない。

言葉にしたことはなかったけれど、いつも彼女の存在を背に感じていた、と。

彼女に依存したくて、こんなことをするわけじゃない。

ただずっとそばにいる彼女への想いがあふれて、熱くて、冬が来るのに。

この想いが凍りつく前に、届けたいと思った。ぬるく、心地よい温度なんて望まな

いで。

わたしの中にとどまるきもちは、沸点を知ることもなく、今でさえわたしを追い立てている。

彼女の目の前にたったなら、この想いを口にしたなら、

沸点をむかえるんだろうか?

わたしはどうなってしまうのかわからない。

 

 

白い息。立ち上る様を見つめる。

それくらい何もすることがない。どうしたのだろうか?ちょっと遅い。

でも帰る気にならない。私を待たせることができるなんて、世界広しといえど彼女くらいである。

ふわふわとした笑いがこみあげてきて、きもちだけは暖まる。これも彼女の効用だろう。彼女のことだから、きっと廊下を走ることもせず、かといって優雅に歩いてくることもせず慣れた裾さばきで急いでやってくるに違いない。

彼女は最初に何と言うだろう。何と言ったら笑ってくれるか考えてみる。

過去に彼女とはたくさんのうれしい思い出を重ねてきているのに、

少し先のことを思う方が楽しいと感じるのは私が本来楽天的だということか。

だからいつもつまらないとかんじながらも、私は何もあきらめることを知らないんだ。

 

待ち時間は人を哲学者にするらしい。

私は、このまま彼女を待ち続けて、世界一の哲学者になってもいいとそう思う。

 

 

身体がぽかぽかしている。待ち合わせ場所までもう少し。

こんなことならば、中を指定するべきだった。自分の失策に少し苛立ちを覚えて、足取りが乱暴になる。

もし、校舎をでて、待ち合わせ場所に彼女がいなかったらどうしよう、と考える。

あきっぽくて、気紛れな彼女がそうそう黙って待っていてくれるだろうか。

押し寄せる不安は足をとめることはなく、身体の存在を疎ましく思うほどわたしの心は彼女へとはばたいていく。

けれどどこかで確信している。きっと彼女はいてくれる。だからわたしは急ぐ。

彼女はわたしの期待を裏切ったりしないから。

だから、こんなにすきなんだから。

いとしい、彼女を待たせている、こんな事態さえも。

わたしがこの想いを打ち明けたなら、彼女どうするのだろう?困った顔をする?それとも驚いた顔?彼女の驚いた顔が見られるなら、悪くないと思える。

まだ彼女に会えてさえいない、

自分のきもちを伝えるなんてその先なのに。

そんなものに喜びを見いだせる今のわたしは、やっぱり少しおめでたいのだろう。

なぜか告白することに対する不安はないのだ。

あるのは彼女への想い、しあわせな高揚感。

マリアさまはこんなわたしをお笑いになられるのだろうか?

 

 

ふたり分の白い息が名残惜しげに消えていく。

これからはもう別々ではなくなるからか。その吐息のさよならは、二人には届かなかった。「ごめんなさい、江利子」

「遅いよ、蓉子」

二人は向き合って笑い合う。そして近づく。

何も聞こえない、お互い以外に何も見えない。

白い、白い時が訪れる。

すべてが無色透明に、時間も何も関係なくかたむいていく。

ふたりの少女のくちびるだけが何かを予感させるように、その鮮やかな紅を保っている。

 

「私、すきよ。あなたがすき…」

「わたしもすき…」

 

ふたりは手をとる。

ふたりの間に横たわる壁はどんどんなくなってゆく。

「あったかいのね、蓉子の手」

「江利子の手は冷たいわ、ごめんなさい、待たせて」

「いろいろね」

余計な言葉は必要ない。

ふたりだけがわかっていたらいいのだから。

もうその熱がふたりを分かつだけ。

 

くちびるが触れ合う。

 

あたたかさが訪れて、江利子の世界は新しくなる。

ちっぽけな冷たい世界は遠く彼方。

冷たさが訪れて、蓉子の世界は新しくなる。

焼け付くようなその想いはただ蓉子を癒すものへと変わる。

 

 

離したくちびるから放たれた白い吐息はただひとつ。

 

 

 

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