小指より強く

 

 

 

そんなんじゃないもん、全然分かってない。令ちゃんのばかっ!」

勢いよく由乃は薔薇の館のビスケット扉を開け放って、外へ飛び出していく。どかどかとリリアンににつかわしくない足音が遠ざかっていった。

呆然と立ち尽くす4人。頭を抱えて座り込む令。

数秒の後、立ち尽くしていた祐巳が、ツインテールをなびかせて、由乃と同じように外へと向かっていった。

由乃は走った。けれどどこにも行くところがなかった。こんなことなら鞄を持ってくるんだった、なんて無茶なことを考えながら、銀杏並木を歩いている。

「由乃さん。」

「祐巳さん・・・。」

少しだけ息をきらした祐巳が笑って立っていた。

何といっていいかわからなくて、由乃は再び視線を足元に戻そうとした。

「銀杏、ちょっと色が変わってきたね。」

祐巳が樹を見上げて言った。

「あー、うん。気づかなかった。」

ついこの間まで、きれいな緑色だったのに、時間が経つのは早い。

「忙しかったから・・・。」

由乃はため息のように言葉を漏らした。こんなのは自分らしくない、何だか愚痴みたいだと由乃は思った。

「うん・・・でもそれだけじゃないよね?」

はっと祐巳を見遣る。祐巳は穏やかな笑みを浮かべていた。

沈黙が流れる。

校庭で部活をする生徒たちの声、校舎から歌声、木々のざわめき、走り去る車の音。

様々な音が由乃の耳をかすめていく。

久しぶりに聞く音に満ちている。

 

「そう、ちょっとね、あせってた。」

由乃は笑って祐巳に答えた。

「良かった〜。」

祐巳は脱力して、微笑を崩した。

「どうしたのよ?祐巳さん。」

由乃はちょっと驚いて、祐巳に近づく。祐巳の肩に手をおいた。

「大丈夫?」

「由乃さん、黙っちゃうから。私、余計なこと言ったかなって思って、よかった。」

心からの安堵を感じる祐巳の表情に、由乃は自分が、落ち着いていくのを感じた。

「ちょっと、行き詰ってたんだ思う。私って押しの強い方なんだけど、こればっかりは相手のある話だからどうにもならないじゃない?」

すらすらと自分の気持ちが、口をついて出てくる。不思議だ。

「うん、分かるよ。」

祐巳は、自分の肩に置かれたままの由乃の手を握った。

「でも。令様に当たるのはやっぱり良くないよ、由乃さん。令様、何が何だか分からないって顔だったよ?」

由乃は軽く祐巳の手を逃れて、そっぽを向く。

「だって・・・・・・うー」

そんな事分かっている。分かっているのだ。

「ちゃんと謝って、仲直りしなきゃ、ね?」

祐巳は由乃をなだめるように語り掛ける。

「由乃さんと令様が気まずいのを見てるの、私、嫌だよ。」

祐巳の素直な言葉が、由乃の心を揺らす。

けれどまだ答えられない、素直になれない。足元の小石を弄んでいる。

「由乃さん・・・戻ろうよ。」

「・・・・・・。」

「由乃さん、寒くない?」

「・・・寒いわけないじゃない・・・。」

「由乃さん・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

ついに祐巳も言葉をなくしてしまった。困惑の面持ちで、由乃の後ろ姿を見つめている。

 

「わかった、戻ろう。」

 

振り向かずに、由乃はつぶやいた。

「本当?」

どうしたらいいのかわかりませんって顔が一瞬にして変わる。ぱーっと表情を明るくした祐巳が由乃の前方に回りこむ。

「じゃあね、はい。」

祐巳は小指を立てて、右手を差し出した。

「何?」





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