最後のズルさ

 

 

 

ねぇ?私、あなたがすきなんだけど?

ねぇあなた、私をすきだって言ったわよね?

だったらもう少し、もうちょっと、何かあってもいいんじゃない?

 

島津由乃はため息をついた。いや、わかっている。

わかってはいるのだ。けれどおもしろくないとい

う感情をそう簡単には押さえられなくて、

まだまだ修業がたりないとか、そんな修業したくないと

か思ってたりする。

大変気持ちが悪いです。

すきって言ったのも私から、

あいたいって言ったのも私から、

不満はないけれどやっぱり、望まれたい。

ただひとりのあなたに。

福沢祐巳、島津由乃の最愛の友人であり、恋人。

ちょっと鈍感で、でもそこが可愛くて、いつでも誉めると照れた顔して否

定する。

そんな、何でもない一瞬の言動が心をとらえていく。

祐巳は由乃にたいして可愛いとかよく言ってくれて、それはうれしいのだけど、

由乃は自分はかなりのわがままだと自覚しているし、意地っ張りであることな

んて周知の事実であったから、素直で謙虚な祐巳に誉められるなんて、全くの

的外れな気がしてならない。

でもなんというか、祐巳がやることならば、どんなことも可愛く映るのは恋の

なせる業としかいいようがない。

祐巳の奥手さはつきあう前から予想していたし、

重ねていうようだがそんなところも可愛いと思う。

けれど、いつだって求めるのが自分ばかりでは由乃だって不安になるのだ。

いっそのこと聖さまのようにセクハラ大魔神となって

「ゆーみちゃーん、今日もあいしてるよーん」

とかばっと抱きついて……

 

って現実か!

 

薔薇の館のすみっこで聖は挨拶代わりとも言える気軽さで祐巳に抱きついている。

くあー!油断ならない白薔薇さま!

絶対に気付いているに違いないのに、祐巳と由乃の関係に。

まるで見せ付けるがごとく、私の前でそんなことするなんて!

くやしいくやしいくやしい。

祐巳さんも祐巳さんだ。私というものがありながら、

どうして嫌な顔ひとつせずなすがままなのか?

いや本人としては抵抗しているのかもしれないが、

おそらく白薔薇さまにしてみたらかわいいもので全く威力がない。

どかどかと突進。

祐巳さんに任せていたら、私はやきもちで爆発する。

祐巳さんの身体に手を回して、うしろからひっぱる。

うわっと祐巳さんの声がして、やっと白薔薇さまから祐巳を引き離すことができた。

「あ、ありがとう。由乃さん」

にっこりいつもの笑顔で微笑まれた。

すごく、納得いかない。

すこしは私の気持ちとか汲み取ってくれないものか。

気まずい表情なんてこれっぽっちもしないあたり、ほんとに質が悪い。

こんなにも私を焼かせているのに、少しは自覚してほしい。

そんなの無駄な願いだとはわかっているけれど、

その笑顔はまだ私だけのものじゃないのだとわかっているけれど。

由乃の不機嫌さを察したのか聖はにやにやと笑っている。

「何がおかしいんですか?白薔薇さま」

三人の他に誰もいない薔薇の館は、多少由乃が挑戦的な言動をとっても

咎めるものはなかった。

祐巳がおろおろするものの、何かできるわけではないのだから。

「おかしかないけどね、人の不幸は蜜の味ってね」

「喜んでるんじゃありませんか」

いらだっているのだろう、外で見せる愛想の良い島津由乃はそこにはな

く、江利子が可愛くて仕方なくていじめているのがよくわかる。

どんなにひねた言葉にもこちらがひるむ程のまっすぐさをもって返してくる。

祐巳ちゃんとは全く違った観点で可愛いなと思う。

「ねぇ、祐巳さんは可愛いんだから気を付けてよね」

聖が何も言わなかったからか、とっとと諦めて祐巳自身に注意を促す。

「そ、そんな!由乃さんはかわいいけど私なんか」

お互い可愛い可愛い言い合ってどうするんだろうか、いや微笑ましく

て結構なんだけど。

もし自分達、江利子や蓉子がこんなことをやりだしたら、気持ち悪くて仕方な

い。

「ねぇ、祐巳さん私のことほんとにすきなの?」

「えぇ!!」

由乃ちゃんが祐巳ちゃんを問い詰めはじめた。

祐巳ちゃんはどちらかといえばはずかしがりだし、

私のいる前でそういった言葉を簡単には口にしないだろう。

「答えてくれないの?祐巳さん」

「あ、う」

由乃ちゃんのうるうる瞳は犯罪的に効くだろうが、祐巳ちゃんはどもるば

かりで口にはできない。

見かねて声をかけようとしたその時、聖の身体にきゃしゃな腕が回された。

何事かと下を見ると、これまた意外なことに、

こんなことがあるのかと我が目を疑う。

由乃ちゃんが抱きついているではないか。

狙いがわからないので何とも言えないが、貰えるものはもらっとけ

の精神で抱き締め返す。

そんな自分を由乃ちゃんはにらんで来たが、上目遣いになっていて、むし

ろくらくらする程愛らしい。

由乃ちゃんもこんなことでくじける訳にはいかないのだろう、ぐっと

我慢している。

「よ、由乃さん?どうしたの?」

「由乃」

憮然とした口調でひとことだけ由乃ちゃんは返事をした。

「どうしたの?怒こってるの?」

「すきって言ってくれなきゃやだ」

なるほど。やっと意図が読み取れた。

祐巳ちゃんからの言葉がほしい一心で、不本意ながら聖を利用しようとい

うことらしい。

鈍感の極致、福沢祐巳も由乃ちゃんの言いたいことを理解したらしく、顔色を変え

た。祐巳ちゃんはひたすらに頬を羞恥に染めて、困っている。

ちらちらと聖を窺っているが、面白いので無視しておく。

と、祐巳ちゃんをさらに追い詰めるように、他の山百合会のメンバーが入っ

てくる。

「ごきげんよう。…何してるの?」

不審な目で囲まれる聖、祐巳、由乃。この中で実際に

困っているのは祐巳だけである。

「ねぇ、会議始めたいんだけど?聖」

「いや、この件に関しては私の手には負えないか

らさ、蓉子」

聖の返答に自然と視線は祐巳ちゃんに集まる。

由乃ちゃんはこの事態にも慌てることはない。

もう今更引きかえせないというだけのことかもしれないが、中々大物だ。

「祐巳ちゃん、諦めて言っちゃいな」

「うー白薔薇さまぁ」

「頑張れ、山百合会の今後がかかっているぞ、君の肩に」

私の無責任極まりない励ましに、祐巳ちゃんは真剣にうなずいた。

どうも覚悟ができたらしい。

「白薔薇さま、見ないでくださいね」

聖が返答するのを待たず、

祐巳はすっと由乃ちゃんの耳元でこう囁いた。

 

「だいすきよ、由乃」

 

由乃ちゃんは次の瞬間、協力者たる聖をおしのけて祐巳ちゃんに抱きついた。

「なんだかわからないけれど、解決したみたいね。じゃ会議始めるわよ」

切り替えの早い蓉子がこれ以上ないタイミングで

声をかけると、メンバーはみんな席に着いた。

とにかくごきげんな由乃ちゃんと、

生気を使い果たしたみたいな祐巳ちゃんを見て、

聖は隣の志摩子を思う。

 

私もやってみようかな、と。

 

 

 

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