いつか問われる(11)

 

 

 

聖は誰もいない薔薇の館へ避難しに来ていた。

いや、避難ではなく孤独からの逃避。

突き放された手、もうひとりになってしまった。

クラスの喧騒は余計に淋しさを煽って、

逃げるように薔薇の館へやってきた。

今は行事は特にないから、

各々クラスで昼を過ごしているらしく誰もいなくて有り難い。

けれどその分ふたりの影はより濃く色を強めて、

これはこれで辛かった。

 

昼食を摂る気にもならず、水でも飲むかと席を立った。

口に含んだ水は味気なく、

孤独に酔った甘さも、

悲しみに染まった塩気もない。

自分の情緒のなさにひどく厭きれた。

こんな時でも、私は私で、

悲しいはずなのに涙も出なくて

ふたりを失ったという感触がないのかもしれない。

傲慢にもほどがある。

けれど、こんな風に自分を苛むことが罰なのかもしれない。

ねぇ、私はちゃんと自分を責めている?

優しかったあのふたりは、

私を想っていてくれていたあのふたりは、

最後まで私を責めることはなかったから。

被害妄想でなく、

より正しく、

私は自分を追い詰めることができるだろうか。

単なる自己満足でしかないのだけど、

他にやることが見つからない。

楽にならない。なりたくない。

もう痛みから逃げるのは終わりにしなければ。

私の痛みは私の中に留めていこう。

たとえその痛みが長く時を経て、

膿んで、

私を歪ませたとしても。

これ以上ない程あのふたりを歪ませた私は

それを避けることなんてできない。

扉が開く音がした。

口元に残る水をぬぐう。

張り裂けそうな心がもとめる、誰かの名前を忘れたかった。

「江利子」

「ひっどい顔してるわね、弱虫」

挨拶も何もなく、江利子は私を叩きつけた。

何も言えなかった。

けれど江利子の口をふさぐ気にならない。

江利子は正しい。

そして、私がそれを望んでいる。

「何してんの」

「水飲んでた」

「何自己完結してんのって言ってるのよ」

繋がらない会話。エラーサインが点滅、

聞いてはいけない江利子の言葉。

「志摩子に何言ったの?」

逃がしてはくれない、聞きたくない江利子の言葉。

「ねぇ、江利子」

「何よ?」

「私と江利子ってさ、友達?」

「不粋な人ね」

「ありがと……」

ここにもやさしい人がいる。

私は情けなくて、

だからこんなにもやさしいひとが大好きだ。

「もう傷つきたくない」

「えらく素直ね」

「虚勢張る元気もないから」

呆れ顔で江利子は再び問うた。

「志摩子になんて言ったの」

「私をすきかって」

「それはそれは……馬鹿だわ」

「そうよね、私のことなんか…」

ぱしっと頭をはたかれた。

「な…」

軽蔑しきったかのような表情で江利子は私を見ている。

「勘違いも甚だしいわね」

「え?」

私の間の抜けた反応にわざとらしくため息を

ついてみせた。

「私はそんなこと言ってるんじゃないわよ」

「じゃ何よ」

「聖はなにひとつ、自分で決めてないじゃない」

 

それは………

「いつだってそうね。

あなたは自分の居場所を自分で決められない、

望まれるまま動いて、さぞかし楽でしょうね」

 

でも………

「志摩子はちがう」

「そうね、でもあれも祥子に背を押さ

れたから」

 

私は私を決められない。

拒絶が恐くて、目を背けた。

手に入れたかったものを見ないこと、

自分に嘘などつけない、それが私の臆病な選択。

 

「聖、本当にほしいものがあるんでしょう?」

「………」

「あなたの覚悟を賭ける価値のあるものなんじゃないの?」

「………」

「カードは、めくるその時まで不確定なのよ」

 

 

問いかけられる。

いつまでも逃げられない、宿命の問い。

 

賭けるべきものは私、

賭けるべき時は今。

いつかは思うよりはやく、私の前を駆け抜けていく。

今捕まえなければ、二度と捕まらないだろう。

 

「ごめん、江利子」

「気持ち悪いわ」

不機嫌そうな江利子に、私は数日ぶりの笑顔を投げた。

「ありがとう、愛してるよ」

「最悪」

 

扉を閉めた私には、

江利子の表情は見えなかった。

笑ってくれていると良いと思う、

これ以上ない程の大笑いを希望。

 

ふたりがいてくれた。

ふたりがいてくれたから、忘れることができたのだと思う。

だから、

 

栞、

 

もうあなたの影は追わない。

きっとできるはず。

 

 

マリアの心とうたわれる、青い空を見る。

さぁ始めよう、愉快で真剣な答え合わせを。

問い掛けをありがとう、マリア。

 

笑いたまえ、

マリアの長き問いに答えるには、あまりに短い私の答えを。



蓉子を選ぶ。

志摩子を選ぶ。



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