見上げて

 

 

 

島津由乃は明日のために時刻表を調べていた。

別にそこまでしなくてもいいのかもしれないけど、

誰かの名言「遠足は準備がたのしい」の言にのっとって、

こうして明日のことなんか考えてみちゃったりする。

さて、愛しい我が姉は今頃何をしているのやら、

ケーキを焼いているに1万点と誰も相手がいない賭けを心の中

でする。

ちなみにこの予測は由乃だからできるなんて

ロマンチックなものでなく、彼女の嗜好、明日が何の日か?を

理解していさえすれば誰もが答えられるものだ。

彼女、支倉令の趣味・お菓子作り。

明日は、クリスマスだ。

ちなみに今日はイブで、学校では山百合会のメンバーで

ちょっとしたパーティがあった。

毎年恒例らしい、こういった学校の友達とのクリスマスという

のは由乃は高等部に入ってから初めて経験するものでとても楽しい。

楽しいと思えるのは、

周りにいてくれる人たちのおかげに他ならない。

実は人の好き嫌いのはっきりした由乃にとって、

山百合会は変えがたい場所だ。

ほんとに嫌いな人なんて誰もいないのだから。

そして帰ってくれば、支倉島津両家合同のパーティが催される。

食事を堪能して、令ちゃんお手製のケーキを食べる。

ちなみにここで出されるのはシンプルないちごのケーキ、

対大人用甘さ控えめがここ数年の傾向だ。

これは由乃の提案で、両親ともに自分に甘いから令ちゃんに

お願いしている。

そして翌日、由乃のためだけに小さなケーキを作ってくれる。

この世の中でいちばん自分に甘いの誰あろう支倉令だろう。

明日は令ちゃんが見たいと言ったクリスマスイルミネーションを

見に行く予定だ。

夕方から夜にかけて出掛けるなんてやっぱりあまり経験がない。

だからさほどイルミネーションに興味のない由乃も

何となく浮き足立った気分で、窓ガラスを曇らせながら

おもむろに外を眺めたり、

明日着ていく予定の服をひらひらとひらめかせながら鏡の

前で合わせてみたり、

ひどく新鮮なきもちを味わっていた。

早く明日になればいいのに、と

何だか子供のような気分でベットにむかう。

掛け布団の端を掴んだまま、何だか寝付ける気がしなくて

ベットの上をごろごろと左右に移動する。

落ち着かない。

ふと目に入るのは、令からもらったロザリオ。

今日ばかりはマリアでなく、サンタに祈ろう。

どうか令ちゃんも同じ気持ちでいますように、と。

 

 

目が覚めると外は雪、なんてことはやっぱりなくていつも通り、

真冬の寒空がただ広がるばかりだった。

あのあと中々寝付けなかったけれど、

気がついたらちゃんと朝で少し寝不足を感じる程度だった。

さて、日が暮れるまで何をして過ごそうか。

会いたい人にはすぐ会いに行けるけど、

このどきどきは何だか勿体ない。

だからまだ会いにいかない。

 

夜まで待って、

夜まで待って。

 

代わりに何をしていても、令ちゃんを想うよ。

今日の由乃のこころは全て令ちゃんのもの、

 

言葉にならないけれど由乃は会うまでの時間を、

会った時の笑顔をこの特別な日に送ろうと

暮れることなど知らない高さの真冬の太陽に思った。

 

 

カチカチとやけにリビングの時計の秒針が響く。

あと、少し。名残惜しいような、早く過ぎてほしいような、

 

ずっとずっとあなたを想っていたよ、

ときっと笑える確信が膨らんでいく。

呼び鈴がなった。

令ちゃんらしい、時間より少し早めなお迎え。

「いってきます」

と言い残して

「いってらっしゃい」

も聞かないまま、由乃は小走りに玄関へと急ぐ。

ドアを開けるとそこには見慣れた、けれどだいすきな人がいた。

「こんばんわ、令ちゃん」

いい慣れない言葉が少しだけ気恥ずかしい。

でもきっと今自分は満面の笑みを浮かべていると思う。

すると一瞬だけ令ちゃんは驚いた顔をして、

幸せな気持ちがあふれて、

零れるような笑顔を由乃に向けてくれた。

「こんばんわ、由乃」

妙に改まった挨拶は不思議にいつもと違う空気を

ふたりの間に流した。

差し出された手を握って、夜へと向かう街へ行く。

 

 

「きれーい」

由乃は至極シンプルな感嘆の声をあげた。

大きなクリスマスツリーには水色の電飾が光る。

くるくるとあたりを照らす白熱灯が

それをまるで雪のように見せていた。

足元には雪の結晶の影が映し出されている。

真冬とはいえ、雪などそうは降らない土地に

住む由乃は素敵なホワイトクリスマスだと思った。

隣にいる令ちゃんはずっとふたりでメインストリートを

歩いてきたのだが、この一番大きなツリーの前で立

往生してしまっている。

ただ無言でツリーに見入る令ちゃんは、

だいすきな甘ったるい恋愛小説を読んでいる時のような

女の子の顔をしている。

支倉令がお姉さまならいいのに、と夢見る生徒達が

こんな令ちゃんの姿を見たらどう思うんだろうとふと考えた。

 

けれどその光に照らされた令ちゃんの顔のラインは

ふんわりと曖昧にぼやけて、

切れ長の瞳は光を映して鮮やかにきらめく。

たとえようがない程支倉令という人は綺麗なんだと、

慣れない空間で由乃は照れもせずに思った。

割に現実的な自分がこんなことを考えるのは

やっぱりこの雰囲気に酔っているんだなぁと

まるで他人事のように感じる。

ここにいるのは普段「夫婦漫才」と

表される自分達なんだろうか?

由乃は自分の視線に気付かれない内にツリーを再び見上げた。

 

 

「どうしたの?僕」

令ちゃんの優しい声がして、由乃はふと我にかえる。

令ちゃんは自分以上にツリーに見入っていたはずなのに、

足元で不安げにたたずむ子供に声をかけている。

かなわないなと

由乃は姉の優しさに微笑んだ。

「お父さんかお母さんは?」

令ちゃんはしゃがんでいたが、

由乃は屈むだけで目線を合わせられた。

黙り込む子供を前に令ちゃんはぽんぽんと頭を撫でた。

由乃ならばこうはいかないところである。

と由乃が振り向いて、

階段を見上げると誰かが駆けてくるのが見えた。

「令ちゃん、あれ」

由乃は令の肩をたたいて、指差した。

「あ、僕?あれお母さん?」

令ちゃんは再び男の子に声をかけた。

すると男の子はその女性のもとへ走っていった。

シルエットしか見えなかったけれど、

ぺこりと女性が頭を下げたのでふたりで会釈を返した。

 

令ちゃんは腕時計を見て

「そろそろ帰ろう」

と言った。

手を繋いで、ふたりの影がひとつになる。

 

 

令ちゃんは背が高いのに足元を忘れない人で、

私は背は高くないけど上を見ていて、

きっと私たちが積み上げてきた日々が作り上げた役割分担。

 

だからずっとずっと一緒にいよう。

ずっとふたりがいいよね。

 

聖なる夜に特別なことはなかったけれど、

こうしてふたりでいる意味が未来へ透けて見えた気がした。

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送