背中のしあわせ

 

 

 

それでも会いたいって思うことはいけないこと?

会いたいと思うだけ、切なくなったとしても。

 

 

「わかってるんだけどさ…」

聖はカレンダーの隅を手で弾いた。

カレンダーはふわっと持ち上がって、また元に戻る。

それくらいじゃ何も変わりませんよ、と言うように。

今日はクリスマス、

聖は家でひとり外出することもなくいた。

お誘いがなかった訳ではない、

白薔薇さまともなれば引く手数多だった。

昨年までは遠巻きに聖を見ている、というかんじだったが

今年に入って明らかに親しみやすくなったという聖は

クラスメートの相次ぐラブコールを受けた。

 

…まぁ悪い気はしないんだけどさ…

 

女の子はかわいい、

自分を好いていてくれる女の子ならなおさらだ、

嫌いになどなれるわけがない。

がしかし、その手をとろうとする度に過る顔がある。

別に彼女に遠慮しているわけではない。

もし彼女がその事態を知ったとしても、

笑って「いってらっしゃい」というだろう。

好かれている自信がないとかいうことでなく、

彼女という人はそんな人なのだ。

ただ私の行く気が失せる、それだけだ。

いっそ彼女、志摩子を誘えばいいのだが

それはできない事情がある。

彼女自身の口からクリスマスの予定は聞かされていたからだ。

「クリスマスはシスターに

  紹介していただいた教会のお手伝いに」

なんと志摩子らしいクリスマス。

そして彼女が敬虔なクリスチャンであることを知っている私が

それを止められるはずもない。

言うだけは自由なのに、気持ちすら伝えることなく、

いつでも会えると私は自分の想いに蓋をした。

そのまま、クリスマスを迎えてしまったのだが、

ひとりは嫌いではない。

ただ、することがない。

失敗したなぁと思う。

せめて本でもなんでも用意しておくのだった。

昼間のテレビなんてどこもワイドショーで全く興味が湧かない。

さてどうしたものか。

もう1度寝てしまうという選択肢もなくはないが、

こうして起きてばっちり着替えてしまうと寝るというのは

何だか勿体ない気がする。

テーブルの上のコーヒーをすする。

あと残り半分というところか。

よし、

これを区切りにしよう。

飲み終えたら、外に行く。

久しぶりに図書館なんかがいい。クリスマスには人も少ないだろう。

 

 

キャメルのロングコートを軽く羽織って、外へ出る。

息をはいて、その白さを確認して「やっぱり寒いな」とつぶやく。

ひとりごとなんて、

よっぽど人恋しいのかと笑いがこみあげた。

人気のない住宅街をゆっくりと抜けていく。

冬は白というより灰色だ、と聖は思う。

空の色も、白いはずの家の壁も、道も灰色に見えて、

ただ吐く息だけが白かった。

図書館の自動ドアが開くと、

身体によくなさそうなほどの温度差があった。

コートをぬいで、中へ入る。

特に目当ての本などないから、

流すように背表紙を見ながら歩いていく。

足をとめることなく、

奥へ奥へ

と進んでいく。

無知なモノの侵入を拒むように、

整然と縦にも横にも並ぶ本の間を擦り抜けていく自分。

知識の森を抜けて、

その先には会いたい愛しい人がいたらいいのに、と

溢れかえる物語たちに飲まれたような錯覚を起こした。

「あ」

抜けた先には誰かがいた。

私の声にふりむいたのは、

小柄で可愛らしい雰囲気の年上の女性。

本を抱えて、棚に戻す様を見る限りここの司書さんか。

そして次の瞬間交わした視線で、

たぶんお互いわかってしまった。

 

(あぁ同類だ、と)

 

私はにっこりと笑いかけた。

「お仕事中、ですよね」

すると彼女はその幼い見た目とは裏腹に、

くすりと大人のほほえみを浮かべて「えぇ」と答えた。

「その後のご予定は?」

さらに彼女に近づく。

彼女は、逃げなかった。

「どうだったかな?あなたなら知ってるんじゃない?」

全てを私に委ねた反応に、

音をたてて、コートを羽織りなおす。

そして本棚に接近していた彼女を自らのコートの中へ閉じ込めた。

彼女は一瞬驚いた顔をして、

また笑った。

落ち着かない笑い、だ。

その歪んだ唇を見ていたくなくて

「フライング、ok?」

と聞いた。

返事を待たず、求めて傾けた頭に、「いつも通り」過る顔。

 

「誰のこと、見てるの?」

 

動きを止めた時、

目の前の彼女はすっと持っていた本を顔の前に出した。

拒絶の意志表示以外の何かに見えるやつはきっといない。

「さよなら、おかえりはあちらよ」

興味を失った冷たい声で告げられた。

「さよなら」

他に私に言えることなんて、ない。

背を向けた私に「今度は、私に会いにきて」と

彼女は言ったけれど、返事をしなかった。

先のことはわからない。

結局何も借りないまま、

満たされないものを確認しただけで図書館を後にした。

 

 

「もう夕方か」

あの後まっすぐ帰宅して、

それなりに受験勉強なんてものをしていた。

いっそ最初からこうしておけば、

虚しくならずに済んだのかもしれない。

コーヒーをいれ直すために、机を立った。

するとそこへ来客を知らせる電子音が響いた。

誰もいない不便さを思いながら、

カップを流しに放置して玄関へむかう。

セールスだったら、確認次第回れ右だ。

しかしそこにいたのは、見慣れた人物だった。

 

急いで鍵を開けようとするのに、

何故か無駄に動かして手間どってしまう。

どうしてふたつも鍵をかけておいたんだろうと

不条理な自問自答をする。

 

祝いのBGMは

不粋な、がちゃりという扉を

開ける音だった。

 

「ごきげんよう、お姉さま」

「志摩子…どうして」

ひどく驚いている私に対して、

いつもと変わらぬ穏やかな表情で志摩子はそこにいた。

「また、戻らなければならないのですけど」

教会に、だろう。

一日拘束のはずなのに。

私は言葉にすることなく、

いくつもの疑問を心のなかに浮かべていた。

 

「ただ、お会いしたかったんです」

 

ふんわりと笑った志摩子は

私の浮き足立った気持ちを沈めて、

深いところを満たしていく。

「私も会いたかったよ」

と笑うと志摩子はうなずいてくれた。

こらえきれず抱き締める。

「merry  christmas,志摩子」

耳元で囁く。

志摩子は私の背をあやすように軽く叩いた。

 

それは幸せが私の扉を叩く音。

 

 

 

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