signs and wonders

 

 

 

「いまだにさ、わかんないんだけどさ」

「何が?」

「なんで蓉子は私がすきなわけ?」

「だから、それはわからないって言ってるじゃない、

人の話きいてないの?」

むーっと口をすねたようにつぼめて、

彼女はそっぽを向いている。

冬休みを迎え、

受験本番を間近に控えながら私と聖は

聖の部屋で何するわけでなく過ごしていた。

聖は基本的に物欲がないらしく、

部屋には物が少ない。

そんな中にひとつ目立った家具がある。

真っ赤なふたり座ったらいっぱいになってしまう

大きさのソファー、

私は初めてこれを見て驚いたものだった。

それにふたりして座っているから、

そっぽをむいたところで背中は接していて、

ただの聖の甘えであることはわかる。

私は笑った。

あんなに大人振って、

祐巳ちゃんや志摩子に対してふるまっているのに、

まるで子供みたいな聖。

「何、笑っているのよ?」

不機嫌気味な声、ちっともこわくない。

「ごめんなさい」

信じられないくらいに甘いイントネーションで、

私は謝る。

「ふーん」

機嫌が治ったのか、

もう一度聖はこちらを向いた。

「おかえりなさい」

私は笑いかけた。

聖は顔を歪めて、口元だけで笑う。

照れているのだろう。

私はテーブルに置かれた金平糖に手を伸ばした。

懐かしいそのお菓子は、

私がここに来る前に見かけて買ってきたもの。

その形は不恰好なようで、とても可愛らしい。

すると聖は私の手をとって、ぎゅっとひっぱった。

特に抵抗することもしなかったから、

私の頭はいとも簡単に聖の膝元へ倒された。

「何?」

意図がわからなくて、私は聖を見据えた。

「私、今ブラックコーヒー飲んでるの」

知っている。

聖は甘いもの嫌いというわけではないようだが、

コーヒーはそのまま頂くのが好みらしい。

「だからって…」

だからって私まで金平糖を食べてはいけないなんて、

横暴じゃないだろうか?

せっかく買ってきたのに、

そうそういくつも食べられるものではないけど

少し手をつけておきたかった。

噛み砕いて、甘い味が口に広がる感覚が

遠い幼い記憶から呼び起こされる。

 

口…

あぁなるほど、そういうことか。

 

私は頭を起こして、

聖の髪を少しひっぱる。

聖の顔が落ちて来た瞬間、

スタンプを押すみたいに軽いキスをした。

 

「こういうこと?」

私は聖の膝に戻って聞いた。

微かにコーヒーの苦みが感じられた。

「……」

聖は驚いた顔をして、何も言わない。

「可愛くないこども」

憎まれ口が聖からこぼれおちた。

「こども?」

ひっかかって、聞き返す。

「やけに甘えた声で謝るから、

甘えたいのかと思ったのに」

つまらなさそうに答える聖は、

予想が外れたことが嫌なのか窓の外を見ていた。

昨日の悪天候が嘘のように、

青い空が広がっている。

甘えたい…か。

私をそんな目で見る人はやっぱり少ないだろうと

思う。

「そういうところがすきなのかも」

「は?」

聖は訳がわからない、という顔をして私を見る。

目をつぶると、

思いだすのはあなたと出会ったころのこと。

 

外部組と内部組に別れたクラスの中でも

どちらにも属さず、ひときわ浮いた存在だったあなた。

話し掛ければ、面倒そうに、

けれど相手をしてくれるあなた。

当時学級委員で、

割れたクラスをまとめるために

気をつかっていた私にとってあなたの存在は

自由の象徴だった。

憧れていた、

ひとりで立っているように見えたあなたに。

 

クラスの亀裂がいちばん大きくなったのは

学園祭の時期。

やっぱり大きなイベントがあると

どうしても普段はお互い遠慮しあって

とっていたバランスが崩れて、

問題が表面化する。

江利子なんかはもう勝手にしろといわんばかりに、

ただ課せられた仕事をこなし続けていた、

とにかく人付き合いにおいてクールな彼女は

子供じみた張り合いを続けるクラスメートを

理解したくなかったらしい。

江利子は大切な友人で、

でも私は辛さを吐露できなかった。

江利子にいなくなってほしくなかったから。

 

夕暮れの教室、

私は江利子とふたりで処理した書類を前に

ただぼうっとしていた。

先に帰った江利子はいつも変わらない。

私だけが振り回されている気がした。

私の力が足りないせいで。

 

やらなければいけないことがある。

でも、

もう、

一歩も動きたくなかった。

 

そこへ教室に入ってきたのが、

聖だった。

私のことなんて目もくれず、

窓際の自分の席にむかう。

悲しくなった。

ひとりだ、とやけに感じられた。

目を逸らしていた、

自由はあまりに遠く、

夕日のようにまぶしすぎる気がしたから。

ふと視線を感じて、

恐る恐る振り返るとただじっと聖が私を見ていた。

 

私を、

見て、

くれていた。

 

その真っすぐな視線は優しくないのに

何故か嬉しかった。

 

どのくらいそうしていたのだろう?

カタンと音をたてて、

聖は教室を出ていこうとしていた。

何かいいたいのに、何も言えなくて私はただ

「あ」

と間の抜けた声を発した。

その声に気付いたのか、聖はもう一度私を見る。

その視線は、心地よく…

 

「あんたさ」

「え?」

 

その当時デフォルトだった

斜に構えたような皮肉った顔で、

教室の扉に身体をもたせて言った。

 

「よくがんばってるよ」

 

それだけ言うと、

もう二度と振り向くことなく去っていった。

笑いがこみあげてきた。

涙目になっているようだ、視界がゆがむ。

そんな、

そんな簡単なひとことを、

きっと

聖は明日には忘れてしまっているような言葉を、

私はこんなにも望んでいたのかと思うと

おかしくてたまらなかった。

 

「ありがとう」

 

崩れ落ちそうだった私の前に現われた黄昏の女神。

ありがとう、あなたがだいすき。

ごめんなさい、あなたがだいすき。

あなたが私を見てくれたように、

私もあなたを見ていたい。

あなたの出すサインを見逃さないように、

もっと、もっと近くで…

近くで…

 

「蓉子?眠いの?」

ロマンのない人ね、

聖の呼び掛けで私は過去から舞い戻る。

あの日の夢が叶って、

こうしてこんなにも傍にいるしあわせを思う。

黄昏の女神は、

実際はそんなにいいものじゃなくて

とんでもない子供だったけれど、

でもとても大切な人。

 

「ねぇ、聖」

さっき私はあなたのサインに応えたつもりよ。

「なによ?」

だから、私のサイン、届くかな?

「私をこどもにして」

聖は目を見開く。

やっぱり難しかったかな、とちょっと後悔した。

私はじっと聖の動きを待った。

すると、聖はお皿に盛られた金平糖を口に含んだ。

そして待ち望んだ、甘い甘い時が訪れる。

お届け印代わりというにはあまりに長いくちづけ。

離れた先で交わす視線は、

他に行き場がない程まっすぐで、

もう迷うことすらないサインに

私はしあわせのため息をもらす.

 

気付けば、あの日より、

ずっと暖かい燃えるような夕陽が部屋に差し込んでいた。

 

 

 

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