sweet emotion

 

 

 

珍しい、流されてしまったのだろうか。自分がこんなことをするなんて。

今、志摩子の手には買い物袋が握られている。

その中身は、頼まれものを別にすれば、マーブルケーキの材料とラッピング用品

である。

父に頼まれた買い物をする為に、少し遠出をした。大きな催しが行われていて、甘い香りがしていた。色とりどりのリボンやラッピングボックス、柔らかな女の子たちの笑い声、様々なお菓子のディスプレイ、看板にはバレンタインフェアの文字。この間祐巳さんに「バレンタインのことを聞かれたが、そうか祐巳さんはお菓子を贈るかどうかをききたかったのか、と今更思い当たった。華やかなその様子を眺めていると、ふと目に留まるものがあった。

白い薔薇の描かれた、綺麗なラッピングバック。

お姉様を、志摩子は思い出した。

志摩子のお姉様は「白薔薇様」、卒業を目前に控えた3年生だ。

春にお姉様に出逢って、夏を越えて、お姉様の手をとった秋、つかの間の姉妹、それでもお姉様は一人では得られなかったものを私に下さった。過ごした季節はもう二度と戻らない。どんな季節も、私とお姉様には一度しかやって来ないのだ。

一度、きり。

そんなことを考えていた時、女性店員に捕まってしまったのだ。ラッピングバックをじっと見つめている女の子なんてよく考えれば捕まって当然なのだが「どうしよう。」などと思っているうちに

「お客様、こちらの袋がご入用ですか?」

「え?あの?」

「チョコレートはもうお買い上げでしょうか?」

「いえ、まだ・・・」

まだも何も買う気がなかったのだ。

「普段、お菓子を作ったりはなさいますか?」

「以前ケーキを・・・」

学校の調理実習で作ったのだ。

「ではこちらのマーブルケーキのキットなどいかがでしょうか?」

「あ、美味しそう。」

「そうでしょう?ではこちらの袋とキットを・・・・」

 

どいう風にあっという間にのせられて、気が付いたら手には一式揃っていたのだった。

「はぁ・・・」

思わずため息をついてしまう。買ってしまった以上仕方が無い。元々の目的であった父の頼まれ物を早く持って帰らなければ、ととにかく家に帰ろうと志摩子は思い直して、歩き出した。

 

「ただいま戻りました。」

「おかえりなさい、志摩子。ご苦労様。」

母が出迎えてくれた。そして私の荷物に気づくと

「どうしたの?その荷物。」

「これは・・・ちょっとふらっと買ってしまって・・・。」

「あら、志摩子にしては珍しいわね。」

意外そうな顔で母は荷物を覗き込んだ。

「ケーキキット・・・作るの?」

「どうかしら・・・何となく買ってしまったから・・・」

「勿体無いから、作ってみたら?」

母はお台所は空いているからと言い残すと外へ出かけていった。

確かに勿体無い、と志摩子も思った。作って自分で食べるということもできるし、人にあげられるようなものを作れるかという問題もある。とりあえず作ってみようと志摩子は台所に立った。

材料はあったので、すぐにとりかかることができた。混ぜている間にまたお姉様の事が思い出された。

最近のお姉様は本当に穏やかに見える。昔よりずっと柔らかく笑うようになった。

特に祐巳さんが山百合会に来るようになってからの変化は、決定的だった。

お姉様を見ることは、私をみること。

お姉様が楽しそうにしているのを見ると、本当に嬉しい。

そして、少しだけ安心もする。

私も山百合会にいる時はあんな風にしていられるのかもしれない、と思えるから。

 

生地を型に流して、オーブンに入れる。しばらくすると甘い匂いが漂ってくる。

時間が来たところで、出してみる。

出来は、初めて作ったわりにはそれなりだが、人にあげるのは中々迷うラインだった。

ケーキを見つめたまま、考えているとそこへ

「志摩子、頼んだものはどこかな?」

父がやって来た。

「ごめんなさい!ここです。」

すっかり失念していた。自分で思っていたよりもずっとケーキに気をとられていたのだと志摩子は気づいた。

「いや、急ぎではなかったから・・・ん?」

父はテーブルの上のケーキに目を留めた。

「作ったのか?」

「えぇ、あまり見目の良いものではありませんけれど・・・」

父は少し思案顔で

「志摩子、贈り物をもらって喜ばない人はいないよ。」

「え?」

志摩子は父の言葉に驚きを隠せなかった。

「志摩子が普段から大切に思い、志摩子を大切に思ってくれている人ならなおさらね。」

「どうして・・・?」

父は呆然としている私を見て、笑った。

「ケーキの見栄えをお前が気にしていたからだよ。」

なるほど、でもそれだけで?

「それに志摩子は普段母さんの手伝いはしても、お菓子を率先して作ったりはしないからね。」

・・・言われてみれば、その通りである。

「志摩子、贈りたいという気持ちを大切にしなさい。それに、それを作っている間お前は幸せだったのではないかな?」

と、そう言って父は「これ、ありがとう。」と頼んだものを持って、台所を出て行った。

贈りたいという気持ちを・・・

志摩子は空気に冷やされたそれを、購入したラッピング用品で包んだ。最後にあの白い薔薇の袋にしまう。

持っていってみよう、そう思った。

 

 

台所の扉を閉めて、彼はひとつ息を吐いた。

まさかこんなにうまくいくとはなぁ・・・と彼は台所に残した娘を思った。

娘は気づいていないのだろう。わざと遠出をさせたこと、わざと買い物に行かせたこと、彼はその催しの存在を知っていたこと。

くすりと笑って、生真面目な娘の健闘を彼、−志摩子の父は祈っていた。



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