日没が見えた日

 

 

 

はじめて、こわいと思ったんだ。

 

 

最近、とても楽しい。

理由は至って単純でそれは恋をしているから。

彼女のくるくると変わる表情の数だけ、喜びが生まれ、

私の日々が彩られる。

祐巳ちゃんに会いたくて、私は薔薇の館へと足を運ぶ。

思うだけでなんとなく気恥ずかしくなるものだけど、

そんなことも私を嬉しくさせる。

私の中で何かが芽吹いて、その予感に震えている。

 

「白薔薇さま」

聞き覚えのある声で呼ばれる。

大胆不敵、しとやかなその中に強さを秘める。

「静?」

「振り返る前にお分りいただけるなんて光栄ですね」

「忘れられないね、その声で告白された相手はさ」

「この声はあなたに想いを伝えるためにある」

「言うね」

「えぇ、底意地が悪いもので」

そこまで会話が続いて、途切れた瞬間笑いが漏れた。

静は同学年である祥子や令よりずいぶん大人だと思う。

話していると油断ならなくて、

どちらかといえば蓉子や江利子に近いのだ。

「嬉しそうですね」

「ん?」

そう言った彼女も何だか嬉しげに見えた。

「どうしてですか?」

「君が傷つく答えだよ」

私の返答に静は驚いた顔をした。

「なるほど、でも見くびらないでください」

「そっか、ごめん」

確かに彼女は強くて、

私に会うために山百合会に挑んだのだ。

「でも…意外でした」

「どういう意味?」

少し声のトーンを落とした静は私を見て言う。

「私とあなたは似ているところがあると思ってました」

「へぇ、私は君みたいに強くはないよ」

むしろ弱い。

押しつぶされることにも、引き裂かれることにも。

唯一強さがあるとすれば、それは拒絶する硬度。

「その点は私にはわかりかねますけれど」

「濁したね」

「話の腰を折らないでくださいません?」

じっと美人に見つめられては黙るしかない。

「すみません、どうぞ」

私は静を促した。

「私は、あなたをすきになった時こわいと思いました」

「は?」

話が飛んで、私はついていけない。

頼むから、5段飛ばしで話すのはやめてほしい。

「あなたが他の人をすきになるのがこわいとか

 そういう意味じゃありませんよ?」

「じゃ、ふられるのがこわいって意味?」

「私がそんなこと考えてたと思いますか?」

「いや、まったく」

聞きようによっては再び告白されているのと

変わらないのに、

私はそれを意識することなく静の話に耳を傾けていた。

似ている、

と言う静の言葉がどこか説得力を持っていたのだろう。

「あなたに出会うまで、

 いつ死んでもいいと思っていました」

すごいことを言うな、と思う。息をのんだ。

でも、私は確かに栞との死を覚悟していたかもしれない。

というよりあの頃の私はたぶん死にたがっていた。

絶望ではなく、たぶんすべてがどうでもよかった。

栞以外には興味がなくて、

栞が手にはいったままいなくなりたかったのかもしれない。

 

「でもあなたを見て、あなたの声を聞いて」

「……」

「すきだと、思うたびに。

 このままあなたを見ていたいと思って初めて」

「……」

「死ぬことが、こわくなりました」

 

すうっと頭から血の気が引いた気がした。

地のそこから、

何かが私を吸い込もうとしていてそれにあがらう術をもたない。

蘇るのは、過去の愚かな私。

「だから意外だったんです。

 でもその方がいい、あなたが幸せなら」

「静…」

にっこりと微笑んで、彼女はその話題を閉じた。

私は少しほっとして、不器用に笑った。

「ごめんなさい、

 こんなこと言うつもりではなかったのですけど」

「いや、気にしなくていいよ」

「私、部活に出ないと。失礼します。また」

「うん、また」

静は今までの会話なんて、

まるでなかったみたいに私の前から去っていった。

その潔い風も、

私の心に生まれた何かを吹き飛ばしてはくれず、

私は素直に薔薇の館に向かう気にもならなくてただ校内を歩く。

 

会いたい、会いたくない。

会えば、嬉しくなる。それも事実。

けれど今は違うものが、私を襲うだろう。

どうして、私は、こんなに恐がりなのか。

 

立ち止まると、窓の外からマリア像が見えた。

当たり前のことだけど、それは私に背をむけている。

救いをもとめていたのか、

どうしようもなく悲しい気持ちがこみあげてきた。

 

 

「あ、白薔薇さま」

 

 

不覚にもびくりと体が震えた。

どうして祐巳ちゃん−

君は、私がどうしようもない時に現れたりするの?

だから私は君から離れられなくなるのに。

「あ、驚かせちゃいましたか?ごめんなさい」

祐巳ちゃんは謝りながら、こちらへ近づいてくる。

私を見つけた時の、嬉しそうな顔。

私の反応を見た時の驚いた顔、申し訳なさそうな顔。

そのすべてが、嘘のように私を満たす。

なんのためらいもなく

私の目前にまでやってきた彼女に私は触れた。

「ふぁっ、なんですか?」

 

彼女の白い頬は温かくて、生きているんだとわかる。

そして、いつかその温もりは確かな形でなくなることも。

 

「祐巳ちゃん、すきだよ」

目を見開いた彼女は、私から離れていくと思った。

けれど彼女は笑った。

 

「私もすきですよ」

 

泣きたくなった。しあわせすぎる。

同じ気持ちではないと知っていた。

私の状況は何一つかわっていなくて、

だからこそ君をすきだと思う気持ちも変わらない。

 

「どうしてそんな顔してるんですか?どうかしたんですか?」

祐巳ちゃんは心配そうに私を見ている。

むけられたその視線は真っすぐに私を捕らえていて、

逃げたくないとそう思った。

 

あんなにどうでもよかった私の生。

今では君がいてそれが何より、日々を輝かせてくれる。

いつまでも続けばいいのに、

いつまでもこの温かさに触れていられたらいいのに。

私は初めて、この胡乱な人生の終わりを思った。

こわい、と感じた。

 

だから、流されてはいけない。

 

「祐巳ちゃん、覚悟しててね」

「え?」

君の腕をとって、前に進む。

「薔薇の館に行くんでしょ?」

「わっ、あ、はい。わかりました」

 

 

君がすき。いつか伝えるから、どうかこたえてほしい。

終わりは、君と一緒に。

 

 

 

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