sleepless pocky game

 

 

 

その日山百合会は何かとばたばたしていた。誰かしら出たり入ったりを繰り返し

て、一応全員来ているにも関わらず、一同が顔を合わせることはないまま時間は

すぎている。祐巳もまた新入りの務め、と率先しておつかいを引き受けていたの

だが、間がいいのか悪いのかちょうど仕事がなくなってしまった。現在同席して

いるのは、紅薔薇さま、黄薔薇さま、白薔薇さまの三人である。もちろんそれぞ

れ作業をしているわけで、おいそれと話しかけることもできず手持ちぶたさな時

間を過ごすよりなかった。

改めて三人が揃っている様を見ると壮観だなぁと思う。自分がなんだかすごいも

のになってしまったみたいだ。ごくごく平均的なリリアン生を自認する祐巳とし

ては、とても場違いな気がする。場違いだって分かっていてその上で頑張ると決

めたのだから、今更考えるべきじゃないのかもしれないけれど。

それに誰より祐巳の存在を肯定してくれていたのは薔薇様たちだったんじゃない

かと思う。祥子さまと賭けをしていた時、他のどのメンバーより祐巳を積極的に

受け入れようとしてくれていたのが紅薔薇さまや白薔薇さまだった。黄薔薇さま

はちょっとわからない、不思議な人。でも遠くから見ていた時は知らなかったよ

うな表情を確かに見せてくれて、きっと祐巳を受け入れてくれているのだと思う。

たぶん。

さらりと流れる蓉子さまの黒髪とか、

伏し目がちになるとよくわかる聖さまの睫毛の長さとか、

寸分の隙もない冷たい美しさを放つ江利子さまの口元とか、

何もすることがないと気になって仕方ないのは凡人には当たり前のことだと思い

たい。

 

だってじゃなきゃ変態さんだよ……

 

微妙に頭を抱えて顔をしかめた。は、いけないと気づいたけれど、もう遅い。

「ふっ」

三人の薔薇さまたちが一斉に吹き出して、表情を崩した。あぁ、やっぱり。見ら

れていた。

「暇なんてないんだろうね、祐巳ちゃんは」

聖さまが祐巳を興味深げにのぞきこむ。

「ど、どういう意味ですか?」

「どういうって……ねぇ?」

白薔薇さまは後ろについている2人の薔薇さまに話を振った。

「いつもきっと楽しいことを考えてるんでしょうね」

「黄薔薇さまったら」

にっこりと笑って三人とも祐巳を見ている。

「また百面相してましたよね?」

質問というよりは確認。

「えぇ、ひとりで何をそんなに考えていたの?」

優しげに微笑んだ紅薔薇さまに聞かれる。

「えーっと……な、何にもすることがなくて暇だなーとか、です」

これと言って差し障りのないところだけを伝えた。

「それだけ?」

それだけじゃないよね?と決め付けたような空気を白薔薇さまの言葉から感じる。

「や、うーんとな、何もすることがなくて淋しいなぁとか…」

嘘はついていない。ずずいと近づいてくる三人の薔薇さまの圧力に祐巳は屈しな

いようにするだけで精一杯なのだ。

「言ってくれればいつだって相手になるのに」

にこりとも笑わずに、至極さらりとそんなことを黄薔薇さまは言う。

「そ、そんな……」

それは紅薔薇さまに柔らかく言われるより、

白薔薇さまに妙な色気を帯びた声で囁かれるより、

ずっと頬が反応することを祐巳は知った。

「私もよ」

「右に同じ」

紅薔薇さま、白薔薇さままでもが黄薔薇さまに同意し祐巳はどうしようもない程

照れてしまう。

「ほんと可愛いね、祐巳ちゃんは」

うれしそうに祐巳のうつむく様を見て、白薔薇さまはとろけそうな笑みを浮かべ

る。

「私の孫だもの、当然じゃなくて?」

ふふっと笑いながら、ほんの少しおどけた言い方をするのは紅薔薇さま。

「あら、1年生はみんな山百合会の共有財産よ。独り占めなんてムシがよすぎる

 わ、紅薔薇さま」

ちくりと釘をさすようなことを言いながら、黄薔薇さまも笑っている。次々と自

分に向けられてくる言葉に祐巳はどうしていいかわからないままだった。三人に

受け入れられていることが分かって嬉しいのだけど、それはまた別の問題だから。

「祐巳ちゃん、ごめん。顔あげてよ」

おいてけぼりにされた祐巳の存在に気づいたのか、それとも気が済んだのか、見

当もつかないけれど、白薔薇さまは祐巳の肩をぽんと叩いた。

「ね、顔上げてよ。頑張ってるごほうびにあげたいものがあるんだからさ」

そういうと白薔薇さまはごそごそと鞄の中身をさぐると何かを取り出した。それ

は祐巳も見覚えのあるパッケージで……

「ポッキー?」

赤いパッケージの甘いチョコレート菓子は何だか白薔薇さまのイメージとは少し

違っている気がする。

「あぁ、なんかね通学途中にさ、女の子がくれて」

それは……いや、考えるのはやめておこう。第一その場合ポッキーでは軽すぎる。

言ってしまえば手作りとかもっと高価なショコラが相応しいのだと祐巳は思う。

違うと信じたい。

「ねぇ白薔薇さま、それっていくつくらいの子にもらったの?」

黄薔薇さまから鋭い質問が飛んだ。

「うーん……小学校2、3年生ってところじゃないかなぁ、あれは。近所の中々

 可愛い子でねぇ」

守備範囲広すぎです。祐巳は強く心の中で訴えた。当然聞こえるはずもない。

「私ひとりで食べるのもどうかなと思ってね。じゃ、はい」

白薔薇さまは綺麗にビニールを開けると、ポッキーを一本差し出してきた。

「いただきます」

祐巳はそれを手で受け取ろうとした。が

「だめだよ」

すっと白薔薇さまの手が引いていった。

「え?」

何がいけなかったのだろう?祐巳は全く思い当たるところがない。

「はい、あーん」

はい?えーとその、あーんっていうのは……

「口開けて」

やっぱりそういう意味ですか。祐巳はがくっと肩を落とした。

「普通に食べたらだめなんですか?」

無駄な抵抗と知りつつ、祐巳は聞いてみる。

「うん」

一瞬も迷うことなく、白薔薇さまはうなづいた。

「サービス、サービス」

後ろのふたりに救いの視線を投げてみるも、黄薔薇さまは興味ないわって顔で見

返すばかりで、紅薔薇さまは苦笑しつつも、止める気はないらしい。祐巳は覚悟

を決めて口を開いた。すると

「よしよし、いいこいいこ」

と言いながら口のなかにポッキーを入れてくれた。甘いチョコレートとスティッ

ク部分がさくさくと音を立てながら、崩れて一緒になってゆく。

「おいしいです」

「それはよかった」

目的を達したせいか上機嫌な顔で白薔薇さまは祐巳を見ていた。

「あげるよ、それ」

祐巳は残りのポッキーを袋ごと受け取る。

「あ、ありがとうございます」

もともと白薔薇さまが自分で食べるつもりがあまりないことは祐巳にもわかった

ので遠慮なく頂くことにした。

「ねぇ祐巳ちゃん、私にもくれない?」

何本か食べたあと紅薔薇さまが言う。

「あ、はい。もちろんどうぞ」

祐巳は袋を差し向けた。

「違うわ」

何だろう、嫌な予感がする。

「食べさせて」

はい?えーとそれはつまりさっきと逆で……

「私が、紅薔薇さまに?」

「そう」

満面の笑顔でうなづかれて、祐巳は逆らえない。おずおずと祐巳はポッキーを紅

薔薇さまの口元に持っていく。指で軽く持っただけのポッキーに重みが乗った。

なんだかリアルに自分の行為を感じて、祐巳は思わず目をつぶる程の羞恥を感じ

る。

「ふふ、ありがとう。祐巳ちゃん」

さっきまで祐巳が持っていた部分までもが紅薔薇さまの口の中に消えていって、

また恥ずかしくなった。

「あー何?紅薔薇さまったらずるい」

「あなただって似たようなことしてたじゃないの」

「ずるいずるい、祐巳ちゃん。私にもいいでしょ?」

「も、もうかんべんしてくださいよ」

祐巳は必死に白薔薇さまに訴える。そこで実にタイミングよく薔薇の館の扉が開

いた。

「あー祐巳さん、ポッキー食べてる。私にもちょうだい」

同学年の由乃さんを筆頭にぞろぞろと皆が戻ってくる。祐巳が心の平穏を取り戻

すのと同時に、ポッキーはみるみる内に数を減らし始め、あっというまに最後の

一本となった。これだけ残してもなぁ、と祐巳は最後のポッキーをくわえる。

 

 

 

「ねぇ、祐巳ちゃん。私にもちょうだい」

 

 

 

冷めた抑揚の少ない口調、間違いようもない。祐巳は口の動きをとめた。時期が

悪すぎる。黄薔薇さまは終始ポッキーには触れてこなかったのに、今になって何

故。喋ることもままならない態勢で祐巳は黄薔薇さまの方をむいた。

「あぁ、それが最後の一本なのね」

わかってくれたらしい。ほっとした。祐巳はせめてごめんなさいの意を示そうと

頭を下げるため、ポッキーから手を離した。けれど江利子さまはそれを待たず言

葉を発する。

「じゃ、いただきます」

「拒まないで」

とつけ加えると、手を捕まれた。

意味がわからない。しかし祐巳がうろたえる間もなく、答えはやってきた。

祐巳の口内にあるのはチョコレートのついた先端、そして先程まで祐巳が手を添

えていた何もついていない方の先端は祐巳が意味もなく観察していた黄薔薇さま

のくちの中におさまっている。何が起きたのか、いまだに頭が追い付いていかず、

理解不能だった。ただとても近くにいるはずの山百合会のメンバーの声がひどく

遠くに聞こえる。

「黄薔薇さま!」

「お姉さま!」

「黄薔薇さま!?」

驚きをそのまま伝えるはずの叫びは、何だか扉の向こうの音のようでよく聞こえ

ない。祐巳が呆然としている間にも黄薔薇さまは器用にもさくさくと音をたてな

がら、ポッキーを食べていた。つまり、くちびるが近づいてくる。

 

そうだ!口を離せばいいんだ!

 

と思ったけれど、それはふいにつかまれた手の記憶が阻んでしまう。動けない…

…もう逃げられない、と思ったその時だった。突然口の中にポッキーに力が加わ

って、祐巳は思わず歯で噛んだ。ぽきんと音が鳴って、ポッキーは折れた。黄薔

薇さまは不敵に微笑む。その笑みはぞくりとする程艶やかで、祐巳は抗議も、何

もかも奪われたと思った。そしてその艶を含んだくちびるが耳元をかすめ、最後

にごく小さな声で言った。固まったままの祐巳をおいて、潔いまでにあっさりと

離れていく黄薔薇さま。みんなが黄薔薇さまに何事かを訴えている。特に祥子さ

まは顔を真っ赤にしているのが祐巳にもわかった。けれど、それもまた遠いとこ

ろの出来事みたいに見える。今、祐巳にとってリアルなのは、最後に残された黄

薔薇さまのことばだけ。

 

 

「ここから先は、私をすきになったあなたからもらうから」

 

 

予期せぬ言葉。きっと、逃れられない。

こだまするあなたの言葉。もう、今夜は眠れない。

 

 

 

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