フラストレーション

 

 

 

どうして目で追っているんだろう?

どうして近づいてしまうんだろう?

あの人のことが?あの人のことを?

どうして気づいてしまったの?

どうしてこんな風になってしまったの?




「瞳子さん、瞳子さん。」

振り返るとそこには同級生がいた。

「どうかなさいまして?」

「いえ、ミルクホールに行くのならご一緒に、と思いましたの。」

「えぇ、一緒に行きましょう。」

しばらくは授業の雑談などしていたが、ふと同級生が立ち止まった。

「島津由乃様だわ。いつ見ても可愛らしい方。」

夢見るような口調で彼女はその名を口にした。島津由乃、現黄薔薇のつぼみである。その儚げな容姿から、物静かで大人しいイメージの持ち主で「守ってあげたい」と周りに思わせる人物だ。

「この間、初めてご挨拶したら、親しげに応じてくださったの。嬉しかったわ。」

しかし瞳子は知っていた。

物静かで大人しいのはむしろミスターリリアンと呼ばれている黄薔薇様こと支倉令様の方であることを。島津由乃本人は内弁慶タイプで、かなり物事をはっきりと言うし、よく喋る。しかし同級生の夢をいたずらに壊す趣味も無いので黙っておく。

「あら、あそこにいるのは白薔薇様ではなくて?」

「え?どちらに?」

「窓の外よ。」

同級生が見ている方には確かに白薔薇様がいた。頬を上気させて彼女は白薔薇様を見つめている。よく気づいたものだ、と瞳子は思う。窓の向こうの白薔薇様は今日も可憐でいらっしゃる。敬虔なクリスチャンの白薔薇様こと藤堂志摩子様は、まさしくマリア様のようなイメージを持っている。

「美しくて、優しげで、乃梨子さんは幸せね。」

白薔薇様の妹は瞳子の友人である二条乃梨子という生徒だ。彼女とは浅からぬ縁で結ばれている瞳子だった。同級生の言うように確かに白薔薇様は美しくて、優しげだ。それは否定しない。しかし、それだけの人でないことも確かだ、マイペースでかなり浮世離れしたところを持っている。何を考えているのか読めない人だ。

「私もあんなお姉さまがほしいわ。」

どうも彼女は窓の外にいることに気づいたことといい、白薔薇様ファンのようだ。まだスールを持っていなかったように記憶している。

「瞳子さんはどんなお姉様がよろしいの?」

突然話題を振られて戸惑ったが、胸を張って答えられる。

「もちろん紅薔薇様よ。」

誇り高きリリアンのクイーン、小笠原祥子様。正真正銘の御令嬢で、成績優秀、容姿端麗、誰もが目を奪われる大輪の薔薇、それが紅薔薇様である。

「祥子様こそ、紅薔薇の名にふさわしい、素晴らしい方よ。」

うっとりとした表情を浮かべる瞳子に、同級生は苦笑している。

「瞳子さんは本当に紅薔薇様に憧れていらっしゃるのね。」

「そうよ、私が憧れる唯一の方よ。」

その時瞳子の視界にある人物が飛び込んできた。

「祐巳様・・・。」「

紅薔薇のつぼみが?どちら?見えないわ。」

「ほら、向こうから歩いてくる。」

「?」

全く分からないという顔をしている同級生。

「失礼ですけれど、視力は?」

「両目ともに1、0は見えます。」

と同級生は言う。

なぜ、どうして彼女はわからないのか。

少しずつ祐巳が近づいてくる。

「あら、本当。紅薔薇のつぼみだわ。瞳子さんあんなに遠くから、よくお分かりになりましたわね。」

祐巳も瞳子に気づいた様子で、歩いてくる。

「ごきげんよう、瞳子ちゃん。お友達?」

にこにこという言葉がぴったりの笑顔を瞳子に向けてくる祐巳。

「ごきげんよう、祐巳様。そう私の友達です。ミルクホールまで一緒に行くところですの。さ、いきましょう。」

瞳子は同級生に先を急がせた。

「と、瞳子さん、待って。」

慌てる様子も気にせずに瞳子は歩き出す。

その時、後ろから肩をつかまれた。

ふりむくと祐巳の顔がアップになった。

触れられたところが、かっと熱を帯びた気がした。

「な、なんなんですか、祐巳様。」

何ですか?ってそんなに慌てなくてもいいじゃない。」

再びにこにこと瞳子に笑いかけてくる祐巳。

「瞳子ちゃんのお友達を、紹介してくれないの?」

「ご、ご自分でお聞きになったらいかがですか?紅薔薇のつぼみ。」

「でも、」

「申し訳ありませんけれど、私一刻も早く食事がしたいんです。失礼しますっ。」

祐巳の言葉をさえぎり、手をふりきって、とにかく急いで歩いていった。

 

ミルクホールの手前にたどり着くと、少し物陰になるような場所で深呼吸する。恥ずかしい。いくら何でも「一刻も早く食事がしたい」なんて・・・。リリアンの生徒として恥ずかしいにも程がある。祥子様には絶対に見られたくない姿だ。

 

・・・肩がまだ熱い。

祐巳の手が触れたところへ自分の手を重ねてみる。

感触が蘇って、祐巳のアップが頭の中でリプレイされる。

・・・胸がどきどきしている。

遠くからでも祐巳様がわかったのは、その歩き方が祐巳様のものだったから。

歩き方が分かったのは・・・・・・

 

 

どうして?

 

どうして目で追っているんだろう?

どうして近づいてしまうんだろう?

どうして気づいてしまったの?

どうしてこんな風になってしまったの?

あなたのことが・・・・・・

 

 

is it love?





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